(Pintura Mural de Cuarto 2, Casa de los Pajaros, Xelhá)
写真は有名な トゥルム遺跡 の北にある
シェルハ遺跡 に残される古典期前期の壁画です。
1500年も前の古典期前期に遡る壁画はマヤ地域全体を見回しても殆ど見当たらず、
そんな希少な壁画がこんな形で残され簡単に見られるというのは驚きですが、更に驚きなのは観光客であふれかえるトゥルム遺跡に対し、
直ぐ近くの歴史の古いシェルハ遺跡の方はいつも閑散としている事です。
シェルハ遺跡 鳥の家の壁画 Pintura Mural de la Casa de los Pajaros, Xelha
(Casa de los Pajaros, Xelhá)
これが壁画が残るシェルハ遺跡の建造物 86 で、鳥の家と通称されます。 シェルハには 2004年以来 2008年、2014年、2017年と
4回訪れましたが いつも閑散としており、建物の東側にはカンクンとトゥルムを結ぶ国道 307号があり、ひっきりなしに車が通りますが、
トゥルムへ行く観光バスは素通りです。
(Panel de explicación y Planta de la Casa)
現地の説明プレートには建物の平面図があり、切り出して北を上にしました。 大きな保護の屋根が設けられていますが、
外壁は失われている為、壁画は外から丸見えです。 南北に並ぶ部屋を仕切る壁の両面に壁画が残され、北が部屋 1 、南が部屋 2 になり、
後古典期には建物の南北に階段が追加され、西側の部屋には墓が造られましたが、南北の部屋は引き続き使用されたようです。
(Detalle de la Pintura y Dibujo reconstruido)
上から左の壁画、右の壁画、そして現地の説明プレートから模写の部分の切り出しです。 模写を見ると下方の剥げ落ちた部分と
薄れてしまった黄色い部分が補われていて、壁画の全体像が理解でき、アハウの文字も見えます。
鳥の壁画ですが、左右共に鳥かごの周りを飛び回る2種類の鳥が描かれ、赤い尾羽が開いた鳥が沢山確認でき、こちらが
コンゴウインコ、少し小さめで尾が短く黄色で描かれ見え辛い鳥はキバナボウシインコかコボウシインコと考えられるようです。
(Guacamaya Roja posada sobre Altar G-2 de Copán y Loro Frente Blanca)
上はコパン遺跡の祭壇 G-2 にとまったコンゴウインコで、空を舞うと壁画のように赤い尾が目立ちます。 右下の写真は
パレンケで撮ったコボウシインコで、コンゴウインコ共々中米原産のインコです。
シェルハ遺跡は古典期には内陸に位置するコバ遺跡の交易拠点として繁栄したと考えられますが、同時に女神イシュチェルの聖地
だった コスメル へ多産、
安産を祈願する巡礼者の起点にもなったようです。 壁画の鳥たちは豊かな自然を象徴し、シェルハの支配者の権勢を誇示し、
豊穣、多産への願いも込められたものだったでしょうか。
(Detalle de la Pintura y Panel de explicación)
上の画像が壁画の左側で、マス目模様は2色では無く、赤茶、灰色、黄色の3色で塗り分けられ、ばつ印が沢山付けられています。
デザインなのか、或いはゲームなのか、謎です。
人物像の方は見ての通り塗色が薄れて見辛いので現地の説明プレートの助けを借りて細部を見てみましょう。 前を向いた
胸から上の上半身で、鳥の羽と渦巻き模様のある大きな被り物や首飾りや腕輪で着飾り、旗のようなものを持ち、
赤茶色の他に、青緑、白、黄色を使って描かれていて、テオティウアカン様式の影響が指摘されます。 模写には丸めがねが書かれていて、
中央高原のトラロック神との解釈もあります。
(Friso estucado con estilo teotihuacano, Templo de los Cormoranes, Dzibanché)
この漆喰彫刻壁画は 2012年頃に発掘・修復が終わり公開されたシバンチェ遺跡のミミズクの神殿を飾っていたもので、やはり
テオティウアカンの影響を示します。 シバンチェ
はシェルハよりはペテン地域に近いですが、同じキンタナ・ロー州です。
古典期マヤでティカルと覇を競ったカラクムルのカーン王朝は、実はシバンチェの王朝が移り住んだものだったというのが最近の定説で、
そのシバンチェも実はテオティウアカンの影響を受けていたという事になり、テオティウアカンのマヤ地域における影響は
何ともスケールの大きな話になってきます。
少し話が主題から外れてきたので、シェルハの壁画はこの辺で。 トゥルムへ行く機会があれば是非シェルハにも寄ってみる事をお勧めします。
その他の先古典期・古典期の壁画 Otras Pinturas del Período Preclásico y Clásico
(Reproducción de pintura mural de San Bartolo, Museo Popol Vuh)
2011年に盗掘坑から研究者が中に入って偶然発見したサン・バルトロの壁画です。 紀元前に遡るマヤ最古の壁画として脚光を浴びました。
グアテマラシティーの ポポル・ブフ博物館に復元画
があったので写真に撮りました。 実物はひび割れ、剥離等でこれ程綺麗ではないようですが、公開されていないので模写を見る他ありません。
(Reproducción de pintura mural de Uaxactún, Museo Popol Vuh)
ウアシャクトゥン遺跡の建造物 B XIII で 1937年に発見された壁画は既に盗掘者の手で壊されてしまったようですが、同じく
ポポル・ブフ博物館に復元画 がありました。
(Pintura mural de lado este de cuarto 1, Templo de las Pinturas, Bonampak)
マヤの壁画で最も有名なボナンパック遺跡から壁画の神殿 第1室の東側です。 全部で3部屋ある室内 全面を埋め尽くす壁画は文字も含み、
石碑で解明されている史実と併せてそのストーリー性まで解明され、しかも現地で実物を見る事の出来る貴重な壁画です。
1946年の発見から 70年を超す年月を経ていますが、その間修復が繰り返され、現在はこの写真で見る姿に。 このホームページでは
遺跡のページの他に、 壁画の修復と解読 を別途まとめてあります。
(Pintura de Esquina sureste de Estructura sub 1-4, Calakmul, Recorte de Programa TBS)
カラクム遺跡で 2004年に発見され発掘修復の進む壁画には、マヤの日常が生き生きと描かれ、大きな関心を呼びました。 2017年 1月に
現地に行きましたが、壁画は非公開で 壁画のある建物に近づく事すら出来ません。 TBS の THE 世界遺産 で紹介されたので、
その時の映像から切り出した画像です。 壁画の詳細は
カラクムル考古学プロジェクト で取り上げてあります。
(Pintura mural en el Palacio, Toniná)
部分的なものであれば、まだ他にも色々壁画があります。 これは王の立像や捕虜の石板で有名なチアパス州の
トニナ遺跡 に残された壁画の部分で、
全体がどんな壁画だったのか興味深いですが、貴族と思われる人物像が残されます。
(Pintura Mural de Estructura 42 sub, Ek Balam)
ウキット・カン王の霊廟が発見され 一躍関心を集めたエク・バラム遺跡ですが、霊廟の柱に写真の小さな壁画があります。 他に王朝誌を綴った
文字だけの彩色壁画も残され、
ウキット・カン・レック・トック王 - エク・バラム のページで詳述してあります。
(Pintura mural de Xultún)
これは冒頭で触れた シュルトゥン遺跡で発見された壁画で、画像は
ナショナルジオグラフィックの写真 を拝借しました。 詳細はナショナルジオグラフィックを参照ください。
(Reproduccion de Pintura Mural de Chilonché)
こちらも冒頭で触れたチロンチェ遺跡の壁画で、画像は Arqueología MEXICANA #137 Jan-Feb, 2016 からスキャンしました。
デジタル技術も駆使して綺麗に模写されていますが、実際はボロボロに風化しているようです。 建物内部の3面に色々な場面が描かれ、
人物の名前も一部添えられているそうですが、それにしても優雅で官能的でもあるこの壁画、他に例を見ないもので
今後の解読と解釈が待たれます。