マヤ遺跡探訪
TIKAL
鋭角的に聳え立つ勇壮なピラミッド群で世界的に知られるティカル遺跡は、数あるマヤ遺跡の中でも最も有名で代表的な遺跡です。

残された建造物群の重要性は言うまでもありませんが、石碑や土器等に残された神聖文字の研究から23名の王の名前と 歴史的な事件も断片的に解明されていて、マヤ史を研究する上でも非常に重要な遺跡です。

古典期に最も強大なマヤセンターだったティカルも古典期末には没落の道を辿り、17世紀末にスペイン人神父が偶然発見する まで密林の中に埋もれていました。 その後発掘、修復が進みますが、まだまだ神秘的な遺跡です。

一度は行ってみたかったティカル遺跡ですが、2003年のイースター休暇を利用して訪問を実現させました。 首都のグアテマラ シティーで飛行機を乗り継ぎ、更に1時間弱のフライトでフローレス空港に到着、ここを拠点にティカル訪問です。

2010年に 7年半ぶりに再訪しましたが、時間が限られ 駆け足の訪問になりました。 前回見落とした所、変わった所を中心に、画像を 30枚程追加して加筆補正しました。 新旧入り混じって読みづらいかもしれませんが…。  青字の部分が追加箇所です。

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     (訪問日 2003年 4月14-15日、2010年11月27日)
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 (Llegada al Aeropuerto de Flores por el avión de TACA)

グアテマラシティーから TACA のプロペラ機でフローレス到着です。

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 (Isla de Flores)

写真のフローレス島を望む 対岸のサンタ・エレナの街のホテルで一泊しました。

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 (Lago Peten Itzá al amanecer)

ホテルの部屋から望むご来光。 早くティカルに行きたくて夜明け前の起床でした。

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 (Sitio arqueológico de Tikal en el Parque Nacional)

ガイドブックでは遺跡まで1時間半から2時間との事でしたが、タクシーで1時間半弱でした。 写真は遺跡に 近づいた所で迎えに出てくれた孔雀のような鳥です。

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 (Entrada al sitio arqueológico de Tikal)

ティカル遺跡に到着、ティカル国立公園の看板です。 マヤ風の屋根が嬉しいです。

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 (Maqueta de Acrópolis Norte en el área de recepción)

遺跡に入ると石碑博物館前にティカル遺跡の立体模型があり、往時の雄姿を偲ぶ事が出来ます。 グランプラサを挟んで1号神殿と 2号神殿が向かい合っているのは現場で確認出来ますが、その奥の北のアクロポリスの建造物群は残念乍らかなり崩壊、 喪失されています。

( 石碑博物館 は別ページで詳細説明してあります。)
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さてティカルの地図ですが、これは入場料を払うと入場券と一緒にくれる地図をスキャンしたものです。 地図右側の 青い太線の道を北上してきました。

北のゾーンから南へ2Km、4号神殿から東へ2Kmの、およそ4K㎡に主要な建造物は収まりますが、全体が深い 密林に覆われていて、ガイドを頼まないと道に迷いそうです。

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 (Rótulo que exhibe mapa de Tikal)

2010年の訪問時は、上の地図は頂けませんでした。 代わりと言うか、遺跡エリアに入るとこの大きな案内板があります。 空撮写真に 散策経路が書き加えてあり、一見便利そうに見えましたが、方角が出鱈目。 4号神殿から2号神殿を結ぶ線を底辺にして、2号神殿 から直角に北のゾーンへ線を伸ばして直角三角形を作った先がおよそ北になるのですが、右下の方向表示では北が東になっている! 要注意です。 (白線とNは書き加えました。)


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 (Pirámide Oeste de Complejo "Q")

頼んだガイドの人が、「どういうコースでまわろうか?」 と。 勿論 「全部見たい!」 。
複合体Qから、一番高い4号神殿に直行、その後に失われた世界を経由して最後に中央アクロポリス、北のアクロポリスの コースにしました。

と言う事で、最初に立ち寄った複合体Qのピラミッドです。 ここで言う複合体(Complejo)とは、東西に双子のピラミッドが 向かい合い、北に石碑、そして南に小建造物を伴うグループを意味し、写真は双子の東側のピラミッドです。

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 (Pirámide Este no excavada)

向かい合う西側の方のピラミッドはと言うと、写真の通り未修復の土塁です。

マヤ暦は二十進法で、1カトゥンが20年を表しますが、ティカルでは新しいカトゥンを祝う為に20年毎にこうした 複合体が築かれ、この複合体Qは 17 カトゥン最後の年の 771AD に建てられました。
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 (Estela 22y Altar 10 de Complejo "Q")

写真は複合体Qの北側の 石碑22 と 祭壇10 で、南側に入口がある壁に囲まれています。 石碑には 771年の年号が刻まれて いるそうです。

こうした複合体はQの西側にR (790AD)、O (731AD)、北にM (692AD)、P (751AD)、西にN (711AD) 、L (672AD) が確認されています。
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 (Recinto de Estela y Altar de Complejo "Q")

前回撮り損なった、石碑と祭壇を囲む構造物。 この中に石碑22 と 祭壇10 が置かれます。

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     (Panel de Explicación de Complejos de Pirámides Gemelas)

     双子のピラミッド複合の説明パネルがありました。 右下に複合が図示されます。

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 (Recinto de Estela y Altar de Complejo "R")

ピラミッド複合体Rは複合体Qの直ぐ西側で前回素通りでした。 写真は北側の石碑と祭壇を囲った構造物です。 複合体Rは 790年のカトゥンを祝った 最後の複合体になります。

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    (Estela 19 y Altar 6)

囲いの中は石碑19 と 祭壇6 、かなり風化が進んでいます。

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 (Camino directo de Complejo "Q" a Templo IV)

複合体Qを後にして 4号神殿に向かいます。 写真のような密林の小道をたっぷり 1Km以上、  豊かな緑の中、クモザルや熱帯の鳥を見ながらの散策です。
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 (Escalera para subir a la parte superior de Templo IV)

4号神殿に到着ですが、小山に木の階段が取り付けられているだけ。 階段の上に顔を覗かせる上部神殿は手入れされて いますが、神殿が載る基壇は全面土砂に覆われたままで、単に小高い山を登っているようでした。

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 (Misma Escalera)

振り返って下を見るとこんな光景です。 階段はかなりの段数ですが、ここは絶対に登ってみるべきです。

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 (Parte frontal de Templo superior)

4号神殿は何が特筆すべきかと言うとその高さと眺望で、高さ 65mの建造物はメゾアメリカ随一、密林から頭を出す ピラミッド群の光景は神秘的でもあります。  写真は山登りを終えて、眺望を堪能する観光客です。
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 (Vista panorámica desde Templo IV, de izquierda a derecha; Templo I, II y III)
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これがその眺望で、左が1号と2号神殿、中央が3号神殿、その右の小山が未発掘の南のアクロポリスで、この写真からは 外れますが、更に右側には失われた世界の古いピラミッドも見えます。

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 (Vista panorámica al atardecer)

2003年訪問時は午前中で逆光でしたが、今回は夕方近く。 西日を浴びたピラミッドが輝いて、写真としてはこちらの 方が綺麗です。 105mm で撮影。

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 (Foto panorámica que cubre de Acrópolis Norte a Mundo Perdido)
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24mm で撮った写真を繋いでみました。 左隅に北のアクロポリス、右端には失われた世界のピラミッドが見えます。
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 (Parte Posterior de Templo IV)

4号神殿は イキン・チャン・カウィール王 (734-766AD) の時代の建造物になります。  写真は4号神殿の上部裏側。 基壇部分が土砂に覆われ、中央階段も発掘されていないので、正面からの全体写真がありません。
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 (Lado frontal de Templo IV en 2010)

「正面からの全体写真がありません。」 だったのですが、今回修復作業が始まっていました。 4号神殿は低層の基壇の上に築かれ、写真は低層基壇の 上が木々で覆われ、その上に頂上神殿の屋根飾りが顔を出した、「正面からの4号神殿の全体写真」 です。

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 (Esquina noreste de Templo IV)

この写真は低層基壇を登って4号神殿の北東角です。 下部が修復され、北東側は植栽が整理されていました。 次回訪問したら4号神殿が全体像 を見せてくれるかもしれません。

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さて4号神殿から先は更に詳細な地図が必要です。 4号神殿の上から、1-3号神殿と南のアクロポリスの山を俯瞰しましたが、 この先 双子のピラミッド複合N、失われた世界、7つの神殿、5号神殿、中央アクロポリス、 グランプラサと1-2号神殿、北のアクロポリスと廻って行きます。 南のアクロポリスは森の中でいけません。

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 (Recinto de Estela y Altar de Complejo "N")

前回は見落としていた双子のピラミッド複合体N、711年のカトゥンを祝ったもので、今回はしっかり確認しました。 写真は北側にある石碑と祭壇を 囲む構造体です。

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 (Estela 16 y Altar 5, Réplicas)

構造体の中は石碑16 と祭壇 5で、これはレプリカ。 実物は遺跡入口のところにあるティカル石造物博物館にあります。 状態はなかなか 良好でした。

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 (Pirámide Este no excavada)

これは複合体Nの東のピラミッドで、写真の通り未修復。 前にボロボロになった石碑や祭壇がいくつか残されています。

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 (Camino desde Complejo N hacia Mundo Perdido)

左が北の構造体、白杭の柵の中が東のピラミッドで、西のピラミッドは右の林の中です。 東西のピラミッドの間を抜けていく道を進み、失われた 世界へと向かいます。



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 (Pirámide #49 de Mundo Perdido)

ティカルの歴史は先古典期中期 (1000-300BC) に遡りますが、これは発掘物の科学的調査に基づくもので、残された建造物から の歴史は古典期前期 (200-600AD)の少し前からになります。

コナン・ドイルの小説から名付けられたこの失われた世界のグループですが、ティカルで最も古い地区になり、大ピラミッド (地図の54) を建物群が囲みます。 写真は広場北西の49号建造物。

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 (Pirámide #49 de Mundo Perdido)

碑文の解読から、チャク・トク・イチャーク1世 (360-378AD) がティオティウアカンから来た人物により廃されたと言う、 テオティウアカン侵略説がありますが、この49号建造物の基壇のタルー・タブレロ様式はテオティウアカン様式で、 この時代にテオティウアカンとティカルの間に何等かの関係があったのは事実のようです。

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 (Lado Oeste de Gran Pirámide #54 de Mundo Perdido)

これが失われた世界の大ピラミッド、54号建造物ですが、正面西側は午前中は逆光で写真になりません。  高さ34mあり、この時代の建造物としては最も大きなもののひとつだそうです。

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 (Gran Pirámide #54 de Mundo Perdido)

逆光を避けて斜めから撮ってみました。 ウアシャクトゥンのピラミッドと同じように仮面があったそうですが、 登れないし、暗くて気がつきませんでした。 太陽の神に捧げられた神殿で、太陽の運行の観測にも用いられたそうですが…。

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 (Plataforma baja al oeste de Gran Pirámide #54)

これは大ピラミッド西側にある低層の建造物で、大ピラミッドから見た東側面です。

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 (Lado frontal de Gran Pirámide #54 en la tarde)

低層の建造物に登り、前回 午前中の逆光だった 54号建造物を順光で撮りました。

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 (Parte superior de Gran Pirámide #54)

建物を飾った仮面を探してみましたが、小さな保護の屋根がひとつあっただけで、仮面と確認出来るものは見当たらないようです。

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 (Lado norte de Gran Pirámide #54)

これは大ピラミッドの北側面で、東面にかけては修復されていません。
大ピラミッドは太陽観測にも用いられ、失われた世界の東を閉じる建造物3つと天文観測複合を構成していたそうですが、あまり それとわかるようには修復されていないようです。

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 (Estructura al noreste de Gran Pirámide #54)

49号以外の 大ピラミッドを取り巻く周辺の建造物。 これは北西側の建造物だったと思います。

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 (Estructura al noroeste de Gran Pirámide #54)

これは北東側にある建造物? 深い森に覆われて文字通り Lost World、自分のいる場所がわからなくなります。

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 (Estructura al lado este de Gran Pirámide #54)

これは西辺にある建造物でした。 裏は7つの神殿のグループになります。

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 (Residentes actuales de Mundo Perdido, Pavo Ocelado)

この辺りはいろいろな動物が出てきて、観光客の目を楽しませてくれます。 写真の鳥は七面鳥の一種で、 鮮やかな緑やオレンジの体は綺麗ですが、頭のオレンジのぶつぶつはチョット気持ち悪い感じです。

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 (Residentes actuales de Mundo Perdido, Pizote)

こちらはアライグマの仲間のハナグマで、木の上から降りてきて人見知りせずに悠々と歩いていきます。 

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 (Templo III vista desde Mundo Perdido)

失われた世界のグループから、7つの神殿のグループへ行きますが、途中3号神殿の南側面が望めます。 高さ55m、ティカル では後期の建造物で 810年頃の建造と推定されます。 気がついたら3号神殿はここで見ただけで、近くには連れて行って くれなかったようです。

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 (Lado posterior del templo superior de Templo III y su lado frontal no excavado)

今回はしっかり3号神殿を確認してきました。 でも綺麗に修復?されているのは背面上部(写真左)だけ。 前にまわると(写真右) 修復はされておらず、木々が生い茂り 前に石碑と祭壇が1組あるだけでした。

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 (Estela 24 y Altar 7)

これが藁葺き屋根の下の石碑24と祭壇 7で、石碑の碑文から建造年の 810年の文字が読み取られたようです。

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 (Edificio #91, Grupo VII Templos)

7つの神殿のグループに入りました。 南側は写真の 91号建造物で閉じられています。 壁面には装飾がいろいろ あったそうですが、かなり崩れていて素通りでした。

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 (VII Templos)

広場の東側に7つの神殿が並びますが、崩れ崩れの神殿風の残骸が7つ残るだけでした。

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 (VII Templos)

7つの神殿の中で一番建物らしさを残しているのが写真の部分ですが、どんな 建造物だったか推測だに出来ません。

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 (VII Templos están en el proceso de restauración)

「推測だに出来ない」ように見えた7つの神殿ですが、何と修復作業が進行中でした。  1枚上の写真は7つの神殿の中央にあたる神殿の屋根飾りだったでしょうか。

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 (Templo central de VII Templos en 2010)

中央神殿を中心に横から。 あれだけ崩れていたものをよくもまあここまで修復してしまったものです。

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 (Edificio #91, Grupo VII Templos en 2010)

南側の 91号建造物はというと、前に鉄骨が組まれて修復に取り掛かっているようでした。

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 (Estructura al lado este del Grupo VII Templos)

これは7つの神殿のグループの西側にある建造物です。

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 (Parte de Juegos de Pelota al lado norte del Grupo VII templos)

そして北側は3基の球戯場で閉じられます。 下の遺跡の模型を見ると球戯場が3面並んで作られた様子がわかります。

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 (Grupos Mundo Perdido y VII Templos en la maqueta)

博物館の立体模型で見ると位置関係が一目瞭然なのですが…。

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 (Grupos Mundo Perdido y VII Templos en Googe Earth)

空から見ると現在はこんな状態ですが…。


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 (Templo V)

未発掘の南のアクロポリスを迂回して、5号神殿にでました。
かなり綺麗に修復されていて逆に興ざめですが、 高さは58m近くあり、ティカルでは4号神殿に次ぐ高さを持つ8世紀前半の建造物です。 中央階段は登れず、代わりに 階段左に基壇に沿って急な梯子がかけてありますが、遠慮しました。

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 (Templo V en 2010)

前回は修復直後で白いピラミッドでしたが、8年近くの歳月を経てすっかり古色を帯びてきました。 登ると素晴らしいパノラマが 広がるようですが、時間の関係もありパス、中央アクロポリスも断念せざるを得ませんでした。

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 (Pájaros carpintero, residentes de esta área)

ティカルと言うと野鳥は嘴が巨大で派手なトゥカン(オオハシ)が有名ですが、どうも相性が悪く会えません。 代わりに5号神殿近くで こんなキツツキの夫婦が目を楽しませてくれました。 和名はズアカエボシゲラで、左が雌で右が雄。


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 (Edificio #53, Acrópolis Central)

5号神殿から中央アクロポリスにまわります。 南側からアクロポリスに登り、建造物 53 と46 に挟まれた中庭6に出ました。  写真は建造物 53 の東側正面です。

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 (Edificio #46, Acrópolis Central)

中央アクロポリスは東西に 210m の大きな複合体で、貴族の居所、行政の中心でした。 古典期前から築かれ、現在残る形になった のはイキン・チャン・カウィール王の治世 734-746AD と言われています。

写真は建造物 53 に登って中庭を見下ろしたところで、向かいの建造物 46 が見えます。 ここは4世紀末からティカルの王の居所 でした。

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 (Lado oeste de Acrópolis Central)

更に1階分登って中央アクロポリスの西の方ですが、この辺りはまだ充分発掘、修復されていません。

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 (Edificios #46 y #49, Acrópolis Central)

再度振り返って東側、建造物 46 と右側は建造物 49 です。 中央アクロポリス自体は5階建て位の高さになるようです。

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 (Templo V, vista desde Acrópolis Central)

中央アクロポリスの南側には高木の上に神殿5の上部が顔を覗かせます。 往時は高木は無かった筈ですから、神殿全体の偉容が見えた筈ですが。

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 (El Interior de Edificio #65)

建造物 62、63、65 で囲まれた中庭2が中央アクロポリスの一番高い部分になるようです。  この中庭の南側になる建造物 65 の内部ですが、マヤアーチは装飾された梁で支えられ漆喰で塗り固めてあります。

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 (Edificio #62 y Templo I al fondo)

中庭2から建造物 62 越しに1号神殿が見えてきます。 建造物 62 は2階建てだったでしょうか。

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 (Edificio #62 y Templo I desde parte superior de Edificio #65)
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同じ場所を、建造物 65 の上から撮ってみました。 1号神殿の左側には北のアクロポリスも見えてきます。 写真を拡大して 見てみて下さい。

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 (Edificio #62)

建造物 62 に近づいて部屋跡を横から撮りました。 アクロポリスは時代と共に建て増しが続けられ、この辺りは古典期後期の 建造になるようです。

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 (Templo I y Acrópolis Norte a la izquierda, vista desde Acrópolis Central)

中央アクロポリスの北端、建造物 61 と 62 の間から見える1号神殿南面の全景ですが、9層の基壇が確認できます。 左側に 中央階段の側面が見えますが、この急傾斜はマヤのピラミッドで一番きついものだと思います。

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 (Juego de Pelota al lado sur de Templo I)

更に下を見ると、1号神殿と中央アクロポリスの間に、古典期後期に築かれた小さな球戯場があります。 別に2箇所でより大きな球戯場が 確認されているので、この小さな球戯場の役割は何だったのでしょうか。

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 (Gran Plaza de Tikal)
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カメラを左に振ると、2号神殿も見えてきます。 1号と2号の間がグランプラサ、その北側が北のアクロポリスです。  中央アクロポリスを南側に降りてグランプラサに向かいます。


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 (Acrópolis Norte, Gran Plaza y Acrópolis Central por Google Earth)

ここで空からの画像を確認しておきましょう。 上から北のアクロポリス、グラン・プラサとその左右の2号と1号神殿、下が中央アクロポリスです。


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 (Templo I de Tikal)
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グランプラサに降りて まず1号神殿、「マヤ遺跡探訪」のトップページで使った写真です。  九層の急勾配の基壇上に神殿が築かれ、高く大きな屋根飾りで 上部が装飾された典型的なティカルの建造物で、その高さは 52m近くになります。

695年にカラクムルを打ち負かした ハサウ・チャン・カウィール王 (682-734AD) により 700AD 頃に造られた建造物ですが、 1962年に地下から多くの副葬品を伴った墓所が発見され、カウィール王のものと推定されています。 墓所の様子は 王の骨と 副葬品と共に遺跡入口の博物館に再現されています。

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 (Acercamiento a la parte superior de Templo I)

1号神殿上部のクローズアップです。 ガイドブックで100年以上前の生い茂った木々を取り払っただけの写真がありましたが、前面の階段は ボロボロでも、上部神殿の壁面は綺麗に残っていました。 屋根飾りの装飾は残念ながら風化が激しいですが、クリーム色、赤、 そして緑や青に塗られ、ピラミッド全体は赤く仕上られていたようです。

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 (Estelas en Gran Plaza y Templo II)

グランプラサの反対側(西側)に向かい合った2号神殿です。 1号と同じ建築スタイルですが、1号を押しつぶしたような造りで 基壇は三層、高さは38mと低めです。

手前に広がるグランプラサの芝生の下には紀元前から700年頃にかけて4層にわたって敷き詰められた石灰岩の漆喰床があり、地表60cm下 から厚さ 40cm位の石灰層が残っているそうです。

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 (Templo II)

少し斜めから撮りました。 綺麗に修復してありますが、中央階段の前に柵があり登れませんでした。 (最近はまた登れるようにしてある ようです。) 2号神殿も1号神殿と同じ時期に建造されています。

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遺跡入口で撮った立体模型の写真を見易く加工してみました。 下の写真は地図代わりです。

手前の向かい合った1号、2号神殿は上で見た通り当時の姿を保っていますが、奥の北のアクロポリスの建造物群はかなり 崩壊して廃墟と化しているので、当時の姿がわかる立体模型の助けを借りました。

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 (Acrópolis Norte)

グランプラサの北側に 幅 70mに及ぶ階段があり、5段登ると北のアクロポリスです。

下の段は 33号を中央にして大きな神殿が立ち並び、上の段は一番北の 22号と東西の 23、24号が小さな広場を囲む形で建っていました。  現在は写真の通り屋根飾りの残る神殿は皆無で、往時の勇壮な姿を想像するのは難しい状態です。

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 (Acrópolis Norte)
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特に前面中央の 33号神殿の崩壊が顕著で、模型では5段ある筈の基壇は3段目から上が完全に失われています。 その分見晴らしは よくなって、奥の23号神殿まで顔を覗かせます。  33号の左が 34号神殿、その左の緑で覆われている小山が未発掘の35号神殿です。

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 (Mascarones al lado de escalinata del Templo 33)

基礎を残すだけの 33号神殿は1号、2号神殿より古く 600年頃の建造ですが、残った中央階段の左側から巨大なマスクが発見され見る事が出来ます。  簡単な屋根で保護されていますが、発見当時の 60年代には白かったマスクも黒いカビで一面覆われています。

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 (El estado de deterioro de Mascarones, en 2010)

7年半後のマスクです。 上のマスクは黒カビが取り除かれて見易くなっていますが、下のマスクの黒カビはより深刻な状態になっていました。  早く綺麗に修復が行われるといいですね。

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 (Escalinata del Templo 33 y Templo 32 a la derecha)

33号神殿の右には 32号神殿があり、34号同様に上部神殿は天井と屋根飾りが失われています。 32号は上の立体地図では1号神殿の影に 隠れています。

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  (Templo 22 al fondo y Templo 23 a la izquierda)

北のアクロポリスの上の段、中央アクロポリスから望遠で撮った写真です。  左が東向きに建てられた 23号神殿、右奥が 22号神殿、中央には低層の 26号神殿があります。 23号と向い合った同型の 24号神殿 は未発掘です。

北のアクロポリスは失われた世界と共にティカルでは最も古いところで、200BC 頃から神殿が築かれ、現在も地下に古い神殿群が 眠っていて、数多くの王や聖職者達の墓所が発見されています。 現在露出している上段の神殿群は 300AD 以降の建造になるようです。

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 (Vista desde de Templo 22 hacia Gran Plaza)
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一番奥の 22号神殿に登ってみました。 右側に 2号神殿、左の木の陰に 1号神殿の上部が見え、正面には中央アクロポリスの向こうの 5号神殿が見えます。 手前が低層の 26号神殿で、その先に高層の 33号神殿があった筈ですが…。

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 (Vista desde parte superior de Templo 22 hacia Gran Plaza)

22号の天井が無くなった上部神殿の中から、前の写真と同じアングルです。
ティカルの建造物は一般的に赤く塗られていたようです。 真っ赤な神殿の入口に王や聖職者が立って祭事を執り行った様子は どのようなものだったでしょうか。

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 (Templo I y al fondo Acropolis Central)

西側の 23号からだと 1号神殿がよく見えますが、午前中は逆光でした。   奥に中央アクロポリスがあり午後には陽光を浴びた1号神殿が綺麗に見えると思います。

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 (Estela erosionada en Gran Plaza)

グランプラサから北のアクロポリスにかけては、石碑、祭壇が数多く配置されており、大事な ものには簡単な屋根がつけられています。 これは6世紀始めの19代カロームテ・バラム王の石碑10号、古典期前期です。

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 (Estela y Altar en Gran Plaza)

この石碑がこの辺りでは一番程度が良さそうですが、石灰岩なので風化の一途です。 

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 (Estela grabada con jeroglifos)

石碑の中には赤い着色が残り 文字の刻まれたものもありました。

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 (Templo I de Tikal)

興味の尽きないティカルの中枢部ですが、最後に1号神殿を正面から撮って、グランプラサを後にします。

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 (Lado posterior de Templo I )

1号神殿の裏を廻って駐車場に戻ります。 裏側は比較的原型を留めている様な感じです。


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 (Estructura de estilo teotihuacano, al noreste de Acrópolis Central)

1号神殿の裏に面した通路沿い、中央アクロポリスの北東角に、テオティウアカン様式の神殿がひとつあります。 出口への経路から すこし外れているので見落としがちです。  (前回はしっかり見落としました。)

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 (Detalle de estilo teotihuacano)

タブレロの垂直部分の枠内には丸が彫られ、テオティウアカン では水を表すのに丸が描かれますが、片側に3対あるので、水の神トラロック3体分のようにも見えます。 タブレロの上の張り出しにも 彫刻があります。


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 (Aguada en frente de Restaufante, zona de entrada al sitio)

入口近くのレストランまで戻り、現在も残る水場です。 ガイドによると大きなワニが出た事があるとの事ですが、本当で しょうか?

時計は午後1時をまわったところ、遺跡に着いたのが9時前なので4時間以上かけてここ迄まわってきた事になります。  まずはここで栄養補給。 


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                       (Estela bien conservada, en el museo del sitio)

昼食の後、博物館に寄りました。 1号神殿の所で書いたように、博物館にはハサウ・チャン・カウィール王の墓所が再現してあり、 見事な彩色土器や石碑もあります。 でも入場料を別途徴収する割には こじんまりした博物館で、写真撮影禁止では興ざめです。

遺跡にはない綺麗な石碑があったので1枚だけ写真を頂きました。 メキシコもホンジュラスもマヤの博物館は全て撮影OKなんですが…。 後で判明した事ですが、この石碑は石碑31号で古典期前期の16代シャフ・チャン・カウィール2世(在位411-456年)のもの。 古典期前期 にしては素晴らしい保存状態です。

まだ陽が高いので見残した部分はありますが翌日にまわして、マヤ初期の遺跡として知られるウアシャクトゥンへ行きました。  ウアシャクトゥンは別ページです。

以下 2日目にまわった碑文の神殿(6号神殿)と北のグループの説明を続けます。
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グアテマラ訪問の2日目は、ティカルの南東にあるヤシャー遺跡とトポシュテ遺跡をまわった後、再度ティカルに戻りました。

初日に回れなかった南東端にある碑文の神殿と、北端の北のゾーンが目的です。 ティカルの周辺部は治安があまり 良くないと聞いており周辺部の地理も不案内なので、またガイドを頼みました。

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 (Parte posterior de Templo VI al extremo sureste del sitio)

遺跡の入口から碑文の神殿を目指して、歩け、歩けです。 1.5Km 程歩いたでしょうか。 写真は6号神殿、別名碑文の神殿で、 東側の神殿背面です。 

午後の逆光で暗くてあまり良く見えませんが、この背面の屋根飾りの部分に碑文が刻まれている事から碑文の神殿と呼ばれ、 碑文からは 766AD の年号が読み取れるそうです。

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 (Parte frontal de Templo VI o Templo de las Inscripciones)

こちらが碑文の神殿の西側正面で、階段がついている筈ですが写真の通り土砂に埋まっています。 周辺部は訪れる観光客も少なく、 あまり修復の手も入っていないようですが、かえって趣があります。 発見されたのも 1951年と比較的最近の事です。

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 (La crestería de Templo VI)

屋根飾りだけで 12m 位の高さになり、全体で 25m 位の高さになるでしょうか。 中央の神殿入口の上部には怪物の目のような 漆喰装飾が見えます。
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 (Estela erosionada en frente de Templo VI)

こちらは碑文の神殿前の石碑21と祭壇9で、石碑左下の神聖文字には 736年の年号があります。 石碑の右下は大きく欠けていて、 これに符合する部分がメタテ (トウモロコシを挽く臼のようなもの)になって見つかったそうです。 何をか云わんや!
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 (Lado norte de Templo VI)

碑文の神殿の北側側面。 崩れかかった基壇は 1000年以上の年月を経た風化の跡を示していると言えるでしょうか。

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 (Grupo G)

碑文の神殿を後にしてグランプラサ経由で北のグループへ向かいます。 とにかくガイドの後について密林の小道を歩け、歩け。

15分程歩くとグループGに出ました。 グループGは中央アクロポリスから 300m位南東にある、古典期後期の宮殿風の建造物群です。

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 (Grupo G)

グループGはマヤアーチの屋根のある部屋が29確認されていて結構大きなグループですが、閉園時間も迫っていて駆け足で 通過でした。
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 (El interior del cuarto, Grupo G)

マヤアーチの部屋は、写真のようにかなりしっかりした造りで、鴨居と漆喰が当時のまま残っていました。
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 (Grupo G)

写真にある階段中程の扉は調査坑の入口で、中には装飾壁画があると聞きましたが、勿論入れません、残念!

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 (Piedra esculpida sobre Calzada Maler)

グランプラサを横切ってさらに北のグループへ急ぎます。 途中、道の横に彫刻の施された石灰岩の基盤が露出しています。  写真左の縦長の長方形には神聖文字が彫られ、左右に捕虜と思われる人物像があります。

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 (Pirámide principal de Zona Norte)

そしてやっと行き着いた 北のグループの中心になる神殿です。 ティカルの主要部では一番北に位置し、西側に複合体 P がありますが、 どういう目的を持った場所だったのでしょうか。 ガイドブックにも特に記載が無くわかりません。

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 (Pirámide principal de Zona Norte)

同じ神殿を斜め右から撮って見ました。 建築様式から古典期後期、700AD 頃の建造と推定されています。
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 (Techo abovedado en el cuarto superio y un zopilote)

上まで登ってみました。 マヤアーチの支柱にハゲタカが一羽とまっていてギョッ。 滅多に人が来る所ではありません、 ガイドが下でソピロテ(ハゲタカ)と笑って叫んでいました。

もう夕暮れ近く、ホエザルの鳴き声がジャングルにこだまする中、帰途につきました。
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写真のガイドブックは地図つきで130ページ程のしっかりしたもので、写真の説明を加えるのにとても参考になりました。


ティカル遺跡は2日にわたって主要部を殆ど廻りましたが、一度の訪問ではとても全体を把握するに至りません。 と言ってそうそう 行ける所でもありませんが、また何時の日か………。

「また何時の日か」が7年半後になりました。 でもエル・ミラドールのツアーが成立し、ティカル訪問の時間が極めて限られたものに なりました。 またまた何時の日か…です。
明日はいよいよ憧れの エル・ミラドール へ。



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