マヤ遺跡探訪
XELHA
マヤ語で水の入口を意味するシェルハは大きな入り江の奥にあり、海上交易ルートの主要 拠点として、古典期晩期から後古典期にかけて繁栄しました。

古典期前期には既に存在し、古典期後期からスペイン人到来に至るまで常に街は維持された為、装飾壁画を含む異なる 時代の遺構を見る事が出来ます。

開発の進むリビエラ マヤ地区の南部、トゥルーム遺跡から 16Km 北の国道沿いにあるので、トゥルーム訪問の際は 是非立ち寄ってみたい遺跡です。

(訪問日 2004年8月24日)

コバからの帰りにちょっと寄ってみました。 4年ぶりの訪問で特段変わった所はありませんが、折角の壁画が黒いカビで 汚れてきているのが残念でした。 またジャガーの神殿の内側を覗かせてもらったのでその写真も紹介します。

(訪問日 2008年10月5日)

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             (Vista aérea por Google earth)

Google earth で見たシェルハ遺跡。 国道から分岐した道がセノーテ際のジャガーのグループまで繋がっています。

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 (Area de Entrada, Federal 307 en frente)

国道(307号)に面した遺跡の入り口です。 右側通行ですからトゥルームから戻ってくる場合は反対車線をまたいで 左折です。

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 (Caseta de servicios de Xelhá)

入って直ぐの遺跡の入口事務所です。 一般の観光客は有名なトゥルーム遺跡を見学してそのままカンクンや リビエラ マヤに戻ってしまう為、閑散としています。
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遺跡の地図です。 遺跡は海岸線から内陸へおよそ 1.6km、南北に800mで、国道東側の海岸沿いには防塁がありますがアクセスが無く、 地図に書かれた建造物だけが見学可能です。

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 (Vista aérea por Google earth)

Google earth で見たシェルハ遺跡の詳細。 左が奥のジャガーのグループ、右が国道際の建造物群です。
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 (Camino al Grupo Jaguar)

遺跡に入って最初に目にするのは列柱の建物ですが、奥のジャガーのグループへ先に行ってみます。 曲がりくねった 広い道を更に 500m 程進みます。
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    (Coral expuesto al superficie del camino)

ジャガーの広場に近づくと路面にサンゴの化石が広がります。 海底が隆起した跡のようですが、 ゴツゴツしているので 少々歩きづらいですね。
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 (Cenote de color verde oscuro a la espalda de Casa de Jaguar)

右手に大きなセノーテが見えてきます。 エメラルドグリーンではなく深い緑色をしていて、結構深さがありそうです。  周りの緑と調和した綺麗なセノーテで、祭事にも大きな役割を果たしたようです。

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 (Casa de Jaguar)
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写真はジャガーの神殿ですが、セノーテを背にして築かれています。 同じ基壇上に5つの小さな建造物があり、 ジャガーのグループを形成します。 

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 (Casa de Jaguar)

ジャガーのグループは後古典期中・後期(1200 - 1550AD)の建造で 東海岸様式です。 写真の ジャガーの神殿(正面)は天井を含めて一番保存が良く、内部に彩色壁画が残ります。
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  (Plano de Casa de Jaguar)

平面図から神殿の構造がわかります。 始めに内側の神殿が建てられ、それを覆う形で後からひと回り大きな神殿が 造られました。 壁画は内側の神殿に残ります。

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  (Pintura mural de la fachada frontal de Templo interior)

内側の神殿の正面外壁。 マヤブルーに赤い線が見えますが、図像は読み取れません。 壁面上部に手形があります。  内側の神殿内部には天井まで壁画があるそうですが、残念ながら立ち入る事が出来ません。

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  (Pintura de Jaguar en la fachada este de Templo interior)

内側神殿の東側外壁にある壁画です。 東海岸特有の降臨する神のモチーフが、ここでは人面がジャガーに代わっています。  現存する壁画では黒カビが生えているのかジャガーは左側の後ろ足と尻尾しか確認出来ません。

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  (Pintura mural del interior de Templo interior)

2008年訪問の時には内側神殿内部をちょっと見せて貰いました。 復元図が無いと説明のつけようが ありませんが、カリカ遺跡やトゥルームのフレスコ画の神殿にある壁画と同じ系統の、青地に黒で縁取りされた壁画でした。

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 (Pequeño edificio al otro lado de Casa de Jaguar)

ジャガーのグループの基壇南側の小神殿、ジャガーの神殿に向かい合う形で建てられています。
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  (Edificio de las Alfardas al suroeste de Casa de Jaguar)

ジャガーの神殿の南西にあるアルファルダ(手摺り)の神殿、ジャガーの神殿 に向かい合っています。 小さな階段に小さな手摺りがついて、手摺りの下に小さな蛇の頭?
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 (Edificio de las Alfardas a la izquierda y Casa de Jaguar al fondo)

手摺りの神殿の裏から見たジャガーのグループ。 広場に生えた小木の奥はジャガーの神殿で、その後ろが 先に見た綺麗なセノーテです。


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 (Edificio de las Pilastras)

ジャガーのグループを後にして、グループBの列柱の建物に戻ります。 グループBは宮殿、鳥の宮殿、ロスロップ グループを 含み、古典期中期頃(400 - 700AD)に最も繁栄したところのようです。
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  (Edificio de las Pilastras)

列柱の建物の内側には建築当初の8本の太い角柱が残っていますが、後に埋め戻されて上部に簡素な家が建てられて いたと推測されています。
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 (Parte frontal norte de Palacio)

グループBの宮殿の北側正面です。 宮殿は2層の複合建造物で、時代と共に建て増しが繰り返されたようです。

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 (Lado oeste de Palacio)

宮殿の西側面。 居室跡、角柱、階段等、異なる時代の特徴が重なり合います。

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 (Lado sur de Palacio)

宮殿の南側面。 写真左側の壁面が残る二層目中央は、写真右奥の丸い角の部分とは明らかに様式が違います。  列柱の建物と同じように埋め戻されて、上に新しい家が築かれたようですが、発掘後が今見る姿と言う事でしょうか。

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 (Palacio de los Pájaros al centro)

宮殿の南東の鳥の宮殿へ行って見ます。 写真中央の藁葺き屋根の下で、国道沿いになります。 

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 (Lado norte de Palacio de los Pájaros)

さて、これが古典期前期の壁画が残る、鳥の宮殿です。 鳥は複数なので鳥達の宮殿とする方が適当かもしれません。  建物はかなり崩壊していますが、見事な壁画が残されており、写真は宮殿の北側です。
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  (Plano de Palacio de los Pájaros)

現地の案内板にある建物の平面図です。南北と西に部屋が3つありました。 平面図の赤茶色で塗りつぶされた壁面が 現在残されている部分で、南北の部屋を仕切る壁の両面に壁画があります。
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 (Pintura mural del Cuarto 1)

これが北側の壁画です。 白い背景に赤茶色と黄色で鳥が描かれていましたが、黄色が薄れている為に図像が 見にくいですね。
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  (Dibujo de Pintura del Cuarto 1)

案内板にある図像によると、壁画は左右共に鳥かごの上に色々なポーズをした鳥が描かれていました。

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  (Detalle de Pintura del Cuarto 1)

壁画の右側の方が綺麗に残っているので拡大してみました。 躍動的な羽の描き方が写実的です。 壁画は南面の壁画と共に、古典期前期の 300 - 600AD に描かれたマヤの壁画の中でも非常に古いものになります。
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 (Lado sur de Palacio de los Pájaros)

こちらは南の壁画ですが、モチーフは北の壁画と全く異なります。  鳥の宮殿には 壁の上の方を見ると、2階部分も有ったように見えます。

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 (Pintura mural del Cuarto 2)

南の壁画に近づいてみます。 左から幾何学模様、赤い縦の帯に続いて右側の大きなパネルの中には人物像があります。

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 (Detalle de Pintura del Cuarto 2)
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人物部分の拡大です。 上の復元図と見比べてみて下さい。 旗のようなものを持った人物の上半身が、赤茶色、 青、白、黄色で描かれ、モティーフからテオティウアカンの影響が指摘されます。 時代的にもテオティウアカンの 繁栄期と符合しますが、中央高原から陸路、海路でここまで来ていたのでしょうか?

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  (Detalle de Pintura del Cuarto 2)

左側の幾何学模様の部分です。 縦帯の左側は赤、黄、グレーで碁盤の目のようになっています。 マス目にはバツ印が 描かれていてまるで五目並べのようです。

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  (Pintura del Cuarto 2 en 2008)

冒頭で壁画が汚れてきたと書きましたが、南側の壁画の写真です。 4年前よりカメラの解像度は高いのですが、 壁画がぼんやりしてきていて、悪い事にカビにやられているようです。 4年前に不安に思った事が現実になっていて 残念です。 北側の壁画も同様で、早く対策が取られないものでしょうか。

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 (Grupo Lothrop)

最後にロスロップ グループに寄ってみます。 東海岸様式を初めて調査した研究者の名前がつけられています。

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 (Plataforma de Grupo Lothrop)

大き目の切石で作られた形の変った基壇で、祭祀の為の踊りが奉じられていた場所と考えられています。


シェルハ遺跡はこれで終了です。  冒頭に書きましたが、トゥルム遺跡の帰途は是非寄ってみたい 遺跡で、必見です。   古典期前期の古い彩色壁画が間近に見れる所は他にはないと思います。  風化が心配ですが。  心配は現実のものになっているので、良い状態の壁画が見たければ早く行った方が良いかもしれませんね。


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