POPOL VUH
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POPOL VUH   マヤ神話 ポポル・ブフ
神聖文字を持っていたマヤ人は沢山の文書を残した筈ですが、その殆どが征服者スペイン人により邪教の書として燃やされてしまい、 残念ながら現存するものはドレスデン・コデックスに代表される マヤ文字で記された絵文書など僅かです。

また厳密にはマヤ文書とは言えませんがスペイン人到来後にマヤについてスペイン語で書き表された書物が多くあり、マヤ神話が 書かれたポポル・ブフはマヤ語がアルファベットで記されスペイン語の翻訳がつけられた異色の書物で 一種のマヤ文書と言えるかも しれません。 マヤ人の宗教観、発想を知る上で貴重な資料であり、このページで少し掘り下げてみようと思います。

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   (Copias de Códice Madrid, Museo Nacional de Antropología)     (Primera página de Popol Vuh, Wikipedia)

左は人類学博物館にあるマドリー・コデックスの複製で、ポポル・ブフも元々このような絵文書だったでしょうか。 右がアルファベットで 残されたポポルブフの1頁目 (Wikipedia からの借用)、 左の欄がマヤ語をアルファベットに置き換えたもので、右欄がスペイン語訳です。  原本はシカゴのニューベリー図書館にあります。


ポポルブフの成り立ち  Orígen de Popol Vuh

ポポル・ブフは共同体の書などと訳されますが、グアテマラ南部キチェ族の神話、歴史がベースになっているので、ここから話を進めましょう。

1521年にアステカの都テノチティトゥランを征服したエルナン・コルテスは、グアテマラ南部のマヤを征服する為に部下のペドロ・デ・ アルバラドを派遣、アルバラドは 1524年にキチェ王国の首都 ウタトゥラン を攻略しキチェ族を制圧します。 チチカステナンゴ はウタトゥランの南 10Km 程のキチェ族の街でしたが、マヤ人教化の為の布教の中心となり、ここがポポル・ブフの重要な舞台になります。

征服したマヤ地域で共通して行われた事ですが、スペイン人はマヤの偶像破壊と焚書を行う一方、キリスト教を基にした社会規範の教化 に努めて マヤ人にスペイン語の指導を行います。 アルファベットを覚えたマヤ人 (ここではマヤ人のキチェ族) は自らの歴史や信仰を アルファベットで書き残します、焚書を免れる為だったのでしょうか? アルファベットと言ってもマヤ語(キチェ方言)を表音的に アルファベットに置き換えたもので、これがポポル・ブフの中身になる「チチカステナンゴ写本」でした。

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    (Iglesia de Santo Tomás)

時代は飛んで18世紀初頭、サント・ドミンゴ派の修道士フランシスコ・ヒメネスはマヤ語に精通していましたが、チチカステナンゴの セント・トマスの僧院で ポポル・ブフの原本、「チチカステナンゴ写本」を初めて目にし、全文を書き写します。 キチェ語を理解し、 キチェ族の精神風土を理解する事は布教の観点からも重要と考えたのでしょう。 写真はサント・トマス教会の正面です。

「チチカステナンゴ写本」の元になったものは何だったのか。 キチェ族に伝わる絵文書をアルファベットにしたと言う説と、世代間に 口述伝承されたものを文字にしたと言う説がありますが、定かではなく、作者も不詳です。 内容的にはキチェ族誕生に先立つ神話の世界から 始まっていて、神話は古典期の土器等にも描き残されており、古典期に元になる絵文書が存在した可能性は充分あります。 キチェ族の 手になるチチカステナンゴ写本はその後 行方知れずで、ヒメネス神父の書き写したものが後世に伝わる事になります。

ヒメネス神父によるチチカステナンゴ写本の発見は 1701年から1704年の間と考えられていますが、その後 神父は精力的にその翻訳に 取り組みます。 当時の布教上の要請から、マヤ語に精通していたヒメネス神父は「地域の主要三言語による教義書」の作成を行い、文法書、 芸術書、語彙集を書き上げ、「キチェ語、カクチケル語、ツィツィル語の宝典」を編纂しますが、ここに初めてキチェ語とスペイン語 翻訳のポポル・ブフが挿入されます。

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        (Primera página de Arte de las tres Lenguas)        (Título original de POPOL VUH)

左は芸術書(Arte de las Tres Lenguas)の1頁目、保管している ニューベリー図書館のページからお借りしました。  右は芸術書と共に「キチェ語、カクチケル語、ツィツィル語の宝典」の一部をなす 「ポポル・ブフ」の頭でっかちタイトル部分です。
EMPIEZAN LAS HISTORIA DE LOS ORIGENES DE LOS INDIOS....  ここに グアテマラのこの地方のインディオの古い歴史が始まる.... 。 ヒメネス神父の自筆のタイトルは歴史の重みを感じさせます。

ポポルブフの出版   Publicación de POPOL VUH
ここまで説明したところではポポル・ブフはまだ出版されておらず、日の目を見るまでに更に 100年以上の時を要します。

ヒメネス神父の死後 遺稿はチチカステナンゴの修道院に残されますが、市民戦争の為に修道院が 1829年に閉鎖されて散逸し 1853年頃 にオーストリア人探検家カール・シェルツァー (Carl Scherzer) によってサン・カルロス大学の図書館で見出される事になります。  遺稿はインクが掠れていたそうですが、その写しを取り 1857年にウィーンで出版し、ここに初めてポポル・ブフが世に出て大きな反響 を呼びます。

1861年にはフランス人 シャルル・エティエンヌ・ブラッスール・ド・ブルブール (Charles Etienne Brasseur de Bourbourg) がポポル・ ブフの仏語訳を発表します。 ブラッスール司祭は 1855年にグアテマラに赴任し、ラビナルに住んでいたキチェ人からヒメネスの手による 写しと翻訳を入手したとされます。 ラビナルはヒメネスが 1704年から 1714年の間その任に当たっていた所で、ブラッスール司祭もここ でキチェ語をマスターしてフランス語への翻訳が可能になったようです。 シェルツァーの発見した遺稿とは別のもので、インク の掠れも無く状態が良かったそうで、これが現在ニューベリー図書館にあるものです。 ポポル・ブフを四部構成に整理したのも ブラッスールとされ、ポポル・ブフ研究に大きな貢献が認められます。

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     (Versión en Alemán)          (Versión en Francés)          (Versión en Inglés)

ブラッスール司祭の翻訳を受けて、ドイツ人のノア・エリセル・ポーリレス (Noah Elieser Pohorilles) がドイツ語訳を 1913年に出版、 ソルボンヌ教授のジョルジュ・レイノー (Georges Raynaud) がより正確な仏語訳を完成し 1925年に出版、と各国でポポル・ブフが 紹介されていきます。 写真は独語版、仏語版、英語版のポポル・ブフです。 現在までに7ヶ国語で30回にも及ぶ翻訳が試みられて いるそうですが。

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          (Versión de Adrián Recinos)               (Versión de Emilio Abreu)

1927年にはレイノー教授の教え子のグアテマラ人ミゲル・アンヘル・アストゥリアス (Miguel Angel Asturias) と メキシコ人ホセ・マヌエル・ ゴンサレス・デ・メンドサ (J.M. Gonzales de Mendoza) は レイノー版のスペイン語訳を出版し、ヒメネス神父の原本は別として、初めて スペイン語でポポル・ブフが読めるようになりました。(アストゥリアス / ゴンサレス版はウェブ上で全文入手可能です。)
その後グアテマラ人のアドリアン・レシーノス (Adrian Recinos) がニューベリー図書館の原本 を忠実に翻訳して 1947年に出版しますが、これがスペイン語版としては最も受け入れられているようです。 この他にユカタンのメキシコ人 エミリオ・アブレウ (Emilio Abreu) による別のスペイン語翻訳も存在します。

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     (Versión en Japonés, y otras versiones disponibles en México)

上の写真は手元資料を撮ったもので、左は林屋永吉大使によるレシーノス版の邦訳です。
レシーノス版の英語訳も色々あるようですが、 最近の翻訳で アレン・クリステンソン (Allen Christenson) のキチェ語からの英語訳があり、これもウェブ経由入手可能です。 飛ばし 読みしましたが、解説が詳しく正確そうです。 じっくりと読んでみたいと思いますが、英語はポポル・ブフには論理的すぎる言語かも しれません、ヨーロッパの中世やアメリカインディアンが連想されたり、いいところドン・キホーテでしょうか、(^-^)。

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聖なる書 ポポルブフ  POPOL VUH  El Libro Sagrado
さて、ここからがポポル・ブフの中身です。 画像で視覚的に理解出来るよう心掛けている「マヤ遺跡探訪」ですが、 相手が文字で書かれた本だとあまり写真が使えません。 荒筋と登場人物(神)を 若干の関連する画像を交えて説明していきます。

ブラッスール版で四部構成にされ、レシーノス版も四部構成を踏襲していますが、レイノー版を翻訳したアストゥリアス / ゴンサレス版 は四部構成を止め序文から四部の12章までを 1から46と全て通しで章扱いし、一番新しそうなクリステンソン版は、全体を87の段落に分け それぞれに表題をつけています。 ブラッスール版の四部分けは少し無理があるような気もしますが、全体説明には好都合なので、 四部構成に沿って説明を続けます。

各部の内容は、   第一部 = 創世神話、人間の創造の始め、神の冒険譚。
            第二部 = 神々の冒険譚の続き。
            第三部 = 人の創造、創世期のキチェー族の歴史。
            第四部 = キチェー族の歴史の続き、王朝譜。
大地と人間の創造   Creación de la tierra y el ser humano
世界の始めは空と海だけが存在し、陸地はなく、動物も植物も太陽も無い 暗黒の世界で、世界を創造する神々のみが存在しました。

「一人の人も、一匹の動物も、鳥も、魚も、蟹もおらず、森も、石も、洞穴も、谷間も、草地も、森もなく、ただ空が広がるばかり だった」 と言うマヤ人の創生前の世界感。 洞窟は冥界の入口としてマヤ人にとって重要なものですが、何故蟹なのか、興味深いです。

そして神々。 創造主 (Creador)、形成主 (Formador)、支配者 (Dominador)、羽毛の有る蛇 (Serpiente cubierto de plumas)、天の神、 地の神、更には冥界の神等々、神々は沢山登場します。 同じ神が状況次第で別の神の形をとったりするので、マヤの神の解釈は非常に 複雑で、版の違いで神の名はいろいろですが、基本的には一対の神、創造主、形成主が最も重要なようです。

3人の天の神と支配者、羽毛の有る蛇の神が集まって、大地の創造を行います。 「水よ去れ、大地よ出でよ」と言うと水が去り大地が 現れ、やがて山、谷、川が出来て木々が生えてきます。 続いて、鹿、鳥、ジャガー、そして蛇等を創造していきますが、喋る事も神々を 崇める事も出来ない動物たちで、神々は人間の創造を考えます。

最初に泥から人間を作りますが失敗、次に木を彫って人間を作りますが不完全で、これは打ち壊され洪水で流されてしまいます。  一部残ったものが猿になったとか。 最後はトウモロコシを使って人間を創り出すのですが、それはまた先の方で。
マヤの神話   Mitología Maya I
第一部の後半は、フンアフプとイシュバランケの2人の双子の兄弟が、ブクブ・カキッシュとその子供たちを退治するマヤの神話です。  既に大地の創造は済んだ後ですが、まだ太陽が姿を現さず人間の創造も未完ですから、神々の世界、登場人物は全て神と言う事になります。 神と言っても全てが崇められる対象ではなく、第二部に出てくる冥界の神々や、ブクブ・カキッシュのように悪い神も居た訳です。

ブクブ・カキッシュ(Vukub-Cakix 7のコンゴウインコ)は自惚れが強く、我こそは太陽となるものと豪語して悪事を重ねる為、フンアフプと イシュバランケ(Hunahpú 1の吹き矢猟師、Ixbalanqué 小さなジャガー)はこれを退治することにします。 双子の兄弟はブクブ・カキッシュ が木の上で実を食べている所を吹き矢で撃ちます。 顎に当たってブクブ・カキッシュは木から落ちますが、フンアフプの腕をもぎ取って家に 帰ります。

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      (Vukub-Cakix dibujado en la portada)       (Vukub-Cakix pintando en un plato policromado)

ブクブ・カキッシュに登場願いましょう。 表紙の挿絵に注目、緑のコンゴウインコの姿をしたブクブ・カキッシュが哀れな格好で口を 開けて描かれていて、痛めた歯を見て貰っているようです。 右は彩色土器に表わされたブクブ・カキッシュ。

兄弟は一計を案じ、老夫婦(やはり神でしょう)にブクブ・カキッシュの家への同行を頼み、老夫婦の孫を装います。 老夫婦は歯を治す と言って歯を抜きトウモロコシの粒を詰めて彼の力を奪い、全ての歯と目も抜き取って ブクブ・カキッシュを滅ぼします。 そして フンアフプは奪われた腕を取戻します。

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       (Hunahpú)                   (Vukub-Cakix)            (Ixbalanqué)

フンアフプとイシュバランケにも登場して貰いましょう、写真の左右です。 真ん中は木の上のブクブ・カキッシュ、全て同じ彩色皿の 部分を拡大したもの。

イシュバランケの意味するところは 小さなジャガーで、体に斑点があるのがイシュバランケですが、 この彩色皿では2人とも斑点があり どちらがどちらか判りません。 でも2人の若者が吹き矢を持ち、木の上にブクブ・カキッシュが いるので、間違いなくフンアフプとイシュバランケのマヤ神話がモチーフです。

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     (Plato Blom, Museo Regional de Antropología, Palacio Canton, Mérida)   (Otro Plato Policromado, Palacio Canton)

この彩色皿はブロム皿と呼ばれ、 メリダの地方人類学博物館 カントン宮殿 で 展示されているもので、キンタナ ロー州リオ・オンド遺跡からの古典期後期の副葬品とされ、恐らく アルトゥン・ハで作られたものとの事です。 どうしてアルトゥン・ハで作られたとわかるのでしょうか?  (この彩色皿は其の後 2012年11月に 新装オープンなったカンクン・マヤ博物館に移されて目玉の展示物のひとつになっているようです。)

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フンアフプとイシュバランケが描かれた彩色皿、彩色壷は幾つも存在しますが、出所が明らかなものはあまり無いのでリオ・オンド遺跡の 場所を地図で調べてみました。 チェトゥマルの南西 60Kmの国境周辺で、ベリーゼ領内のようです。

キチェ族の都ウタトゥランと彩色皿が作られたというアルトゥン・ハは直線で 430Km位あり、ポポル・ブフに描かれたマヤ神話が後古典期の キチェ族だけでなく、古典期以前に遡って広くマヤ地域で語られていたという証しになりそうです。

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     (Escultura en estuco decorada con la imagen de Hunahupú e Ixbalanqué)

ポポル・ブフ神話が地域の広がりと同時に、時代も紀元前まで遡るという事が 2008年のこの漆喰彫刻の発見で確認されています。  2人の若者が向かい合って泳いでいる様子が描かれますが、右がフンアフプで、取戻した父親の首を背中に括りつけて冥界から戻るところ、左が イシュバランケです。 この漆喰彫刻については エル・ミラドール遺跡 のページで。  エル・ミラドールはティカルの北で、メキシコ国境近くの密林の中です。



まだ第一部のマヤ神話は終わりません。 ブクブ・カキッシュにはシパクナとカブラカンと言う自惚れ屋で暴れ者の子供たちが居て、 天の神の意向を受けたフンアフプとイシュバランケはこの子供たちも退治します。

シバクナは大地と山を作ったと豪語し、危険を感じた 400人の若者が策を持ってシバクナを葬ろうとしますが、シパクナは 計略を逆手にとって 400人を皆殺しにしてしまいます。 憤ったフンアフプとイシュバランケはシバクナを谷に誘き出して生き埋めにして 葬り去ります。 シバクナは多くの若者の策を察知するも、双子の兄弟の策は見破れず滅ぼされてしまいます。 この辺はあまりロジカル ではありませんが、知恵比べなんでしょうか。

次にカブラカン。 山々を揺さぶり壊していましたが、双子の兄弟の計略に嵌って力を殺がれて土に埋められます。 シバクナは好物の 蟹で誘き出され、カブラカンは土を塗り込めて焼いた鳥を食べて、と共に食べ物に釣られて滅ぼされますが、父親のブクブ・カキッシュも 木の上で食事中に撃たれて、と食べ物が契機となって身を滅ぼしていくのは面白いですね。 第一部はここで終わります。 自惚れ屋の 乱暴者を戒める教訓でしょうか。

マヤの神話の続き  Mitología Maya II
第二部は双子の兄弟の出生の秘密から、冥界に入って冥界の神々を退治して天に昇るという、全編マヤ神話です。 生まれてから死ぬまで なので、その間の何処かに第一部後半のブクブ・カキッシュ達を退治する話が入る筈ですが、何処に入るのかどうも納まりの良い部分が 見当たりません。 まあ論理的に考えてはいけないのでしょう。

第二部の始めで双子の兄弟の父親の家族関係が示され、二人の出生の経緯が明らかにされますが、少し複雑なので家系図にしました。 赤は 女性です。 双子の兄弟の父親はフン・フンアフプで、イシュムカネとイシュピアコックという神を両親に持ち、ブクブ・フンアフプという 独身の兄弟が居て、妻イシュバキヤロとの間にフンバッツとフンチョウエンという2人の子供があります。
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フン・フンアフプとブクブ・フンアフプは賢人で、フンバッツとフンチョウエンも才能豊かな若者ですが、球戯に明け暮れてばかりいて、 その騒ぎを聞きつけた冥界の神々から球戯の招待が届きます。  フン・フンアフプとブクブ・フンアフプは冥界に赴き、そこで冥界の神々の 策に嵌って供犠にされてしまいます。

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          (La calavera de Hun-Hunahpú lanza una escupida a la joven Ixquic)

フン・フンアフプの首は球戯場の横の木に吊り下げられますが、ここで奇跡が起きて木は実で一杯になり、首は実の中に隠れてしまいます。  冥界の神々はここへ近づく事を禁じますが、冥界の神の一人クチュマキックの娘 イシュキックは誘惑に負けて木に近き、手のひらにフン・ フンアフプの唾を受けて子供を身篭る事になります。 これが双子の兄弟の出生の秘密で、勿論画像など有り得ませんが、本の表紙にイラスト があったので活用させて貰います。

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                     (La cabeza de Hun-Hunahpú se colocó a este árbol ?)

木はひょうたんの一種のようですが、真ん中が括れたものではなく写真のような丸く大きなもので、これは頭と同じ位のサイズがあります。

さてフン・フンアフプの子供を身ごもったイシュキックですが、冥界の神々の追求を逃れて、地上のフン・フンアフプの家族が住む家を 訪れます。 冷たくあしらわれますが、ここでフンアフプとイシュバランケの双子を産みます。

フン・フンアフプの子供たち フンバッツとフンチョウエンは聡明で、フンアフプとイシュバランケの生い立ちも行く末も見えていたので 彼らに冷たくあたりますが、耐えかねた双子の兄弟は策をめぐらせて2人を猿に変えてしまいます。 双子の過去も未来も見える聡明な 兄達も双子の計略を見破れないのは嫉妬に目が曇ったとか、やはり知恵比べでしょうか。

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         (Hunbatz y Hunchouén cambiados en Monos ?)

猿人間のモチーフはよく彩色土器に表わされますが、フンバッツとフンチョウエンでしょうか。 上の写真は共にメリダの地方人類学 博物館の収蔵品です。

フンアフプとイシュバランケは祖母のイシュピヤコックに好かれようと賢明に働きます。 ある日捕まえたネズミから父親のフン・フンアフプと 叔父のブクブ・フンアフプが遊んでいた球戯の用具が家にしまわれていることを聞いて、そのネズミを使ってこれを手に入れます。  この用具を使ってフンアフプとイシュバランケは父親達と同じように球戯で遊びますが、またしても冥界の神々から球戯の申し入れを 受けて冥界へ赴く事になります。

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       (Rata llevando los aperos del juego de pelota, Toniná, Chiapas)

チアパス州のトニナ遺跡に、4つの太陽の神話と呼ばれる大きな漆喰彫刻が 残されていて、この中に球戯用具を運ぶネズミ(写真左)と言われるものがあり、チアパス州でもポポル・ブフに語られるマヤ神話が存在した 事が窺われます。 トニナとウタトゥランは 230Km 離れています。  (トニナの漆喰彫刻の解釈には諸説ありますが)

冥界では、フン・カメ(Hun-Camé 1の死)とブクブ・カメ(Vucub-Camé 7の死)を始めとして、シキリパット、クチュマキック、アハルプ、 アハルガナ、チャミアバック、チャミアホルム、アハルメス、アハルトコブ、シック、パタン等の神々が、フンアフプとイシュバランケを 待ち受けます。

双子の兄弟は冥界への道を無事通り抜けて、フン・カメ、ブクブ・カメ他の冥界の神たちと対峙します。 暗闇の館での試練に耐えて、 翌朝 双子の兄弟は冥界の神々と球戯を行います。

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       (Los gemelos juegan con Hun-Camé y Vucub-Camé)

これは子供用に書かれたポポル・ブフのようですが、主人公達の判り易い挿絵が表紙に使われています。 左から二番目の斑点のあるのが イシュバランケ、右側の2人がフン・カメとブクブ・カメでしょう。

双子の兄弟は、球戯に勝ち、寒冷の館、ジャガーの館の試練をくぐり抜けますが、こうもりの館でフンアフプが首を取られてしまいます。  しかし天の神達の助けもあって無事首を取戻し、この試練も克服します。

話はクライマックスになります。 2人は焚き火に飛び込み死んだように見せかけて 実は再生し、踊り子を装い冥界の神々の 前で妖術を使い、最後はフン・カメ、ブクブ・カメを供犠に付してしまいます。 そして父親達の敵討ちを果たし、冥界を全て平定して、 2人は光となって天に昇り、太陽と月になる、めでたし、めでたし、で第二部の終了です。

理屈で考えるとナンセンスな話ばかりですが、これは神話の世界、楽しく読みましょう。
荒筋だけで詳細は全く省略ですから、興味の 有る向きは是非実際に翻訳本を読んで頂ければと思います。

人間の創造  Creación del ser humano
第三部は冒頭でトウモロコシから人間が創り出され、最初の4人、バラム・キチェ、バラム・アカブ、マフクタフ、イキ・バラムが、 キチェ族の祖先となり、火を手に入れて太陽の出現を見るという、神話からキチェ族の始原期の歴史へと移っていきます。

だんだん話がキチェ族中心になっていき、第四部のキチェ族王朝譜へと続きますが、このポポル・ブフのページはこの辺で幕にしたいと 思います。

トウモロコシから人間が創られたと言うのはメゾアメリカ共通の発想のようで、トウモロコシ原産地としては自然の発想かもしれません。

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     (Hombres nacen del árbol de maíz, Cacaxtla, Tlaxcala)

この写真はメキシコ トラスカラ州にあるカカストゥラ遺跡 の極彩色壁画ですが、右の拡大部分に見えるようにトウモロコシの幹に 生った実が人になって飛び出していきます。 オルメカ-シカランカ族の遺跡ですが、マヤからアステカに至るまで、トウモロコシの 神というのは重要な神として位置づけられているようです。



ポポル・ブフは長年専門家が研究してきたテーマで まとめに苦労しましたが、マヤの理解が少し深まったような気がします。  博物館に行ってもポポル・ブフ関連のものを探しそうです。

カンペチェの考古学博物館 で撮った写真を見返してみたら、 ブクブ・カキッシュを描いたように見える彩色皿と、冥界と人間界の間の使者である4羽のミミズク、チャビ・トゥクール、フラカン・トゥクール、 カキッシュ・トゥクール、ホロム・トゥクールをモチーフにしたと思われる絵皿も見つかりましたが、どうなんでしょうか?

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     (Platos pintados con Vucub-Caquix y Cuatro Buhos, mensajeros de Xibalbá ?, Museo Arqueológico de Campeche)



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