マヤ遺跡探訪
EK' BALAM
エク・バラム遺跡、今注目を浴びている、新しいマヤ遺跡です。

こう書くと何だ、何だという事になりますが、勿論遺跡自体は古典期後期 (紀元600-900年)の古いもので、80年代初頭から調査は されていました。 しかし本格的な調査、発掘は 94年頃からで、2000年にかけて続々と目を見張るような素晴らしい発見があり、 文字通り「注目されている新しい遺跡」なのです。 さながら秘密のベールを脱いだ遺跡という感があります。

エク・バラム遺跡はメリダから 190Km、チチェン・イッツァを通り越して、バリャドリ市の北にあります。 カンクンとメリダのほぼ 中間地点になります。

雑誌で新しい発見の写真を目にして早く一度行ってみたいと思っていましたが、2002年の夏休みに訪問を実現させました。

(訪問日 2002年8月27日)

6年ぶりに再訪が実現できました。 南の広場の石碑には屋根がつけられ、建造物17 双子の神殿の北側が修復作業進行中 でしたが、大建造物の建造物 2、3は相変わらず深い森に覆われたままでした。

注目の建造物 35 sub は修復が進み入口前の土砂が整理されて、神殿の前に行けるようになりましたが、アクロポリス二層目から 上の左右は建造物 35 sub 以外全て立ち入りが出来ません。

漆喰彫刻を中心に写真を入れ替え、セノーテ・シュカンチェの写真を追加しました。

 (訪問日 2008年10月8日)
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エク・バラムで最も注目すべきは建造物1のアクロポリスですが、まずは遺跡の全容を把握します。  遺跡自体は10㎢ 以上に及びますが、重要な部分は地図にあるように二重の防塁に囲まれていて、防塁の内側は1.25㎢ あります。 数字は建造物の番号です。

東西南北と南西に全部で5ヶ所の入口があり、それぞれサクベ(マヤの白い道)が繋がっています。 遺跡見学では南側の入口から遺跡に 入って行きます。

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 (Estructura 18, Arco)

これは南の入口となる建造物 18 で、エク・バラムの正式な入口だったようです。 建物四面にマヤアーチの入口がありますが、 写真左のスロープ上が南を向いた入口になります。

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 (Estructura 18, Arco)

同じ建造物 18 の東面です。  綺麗に修復されていますが、壁面上部に装飾は残っていません。

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 (Lado posterior de Estructura 16, Palacio Oval)

建造物 16、楕円の宮殿です。 楕円形になっているのは建物の側面から背面にかけてで、前面は直線になっています。

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 (Plaza Sur y Estructura 17, Las Gemelas, en frente)

南の広場にまわってみます。 左側の階段は楕円の宮殿の前面です。 保護色になって見にくいですが、写真の中央には石碑が2本見えます。  石碑の後ろにあるのが建造物 17、双子の宮殿です。

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 (Estela E-1 en Plaza Sur)

上の写真にある右の石碑、石碑1号、地図上の E-1 です。 上の写真は東側から撮ったものですが、この写真はその裏で西側から。

風化が進んでいますが、ある程度文字と図像が解読されており、エク・バラム最後の王と 840年という年代が刻まれているそうです。  石碑上部には王朝の正当性を誇示する為に、初代王 ウキット カン レック トック の姿が丸い縁取りの中に刻まれています。

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 (Las Gemelas, al fondo, y parte posterior de Juego de Pelota, a la derecha)

南の広場西側、左の木の右奥が双子の宮殿で、手前の階段は球戯場の背面の建造物です。

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 (Palacio Oval, en frente, Las Gemelas y lado este de Juego de Pelota, a la derecha)

上の方から見ると位置関係がわかり易いですね。 左が楕円の宮殿で上部神殿と中層に屋根の崩れた部屋が左右に二つ見えます。  楕円の宮殿の右手前が双子の宮殿で階段が二つ並び、更にその手前が球戯場に付属する建造物です。

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 (Estructura 1 Acrópolis, vista desde Palacio Oval)
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楕円の宮殿の上部神殿からの写真、アクロポリスが正面に見えます。  左側の緑に覆われた所が建造物2、右側の緑の小山が建造物3で、1886年に探検家デジレ・シャルネが調査していますが、 基本的にどちらも未発掘です。

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 (Parte central de Acrópolis)

アクロポリスをズームしてみました。 アクロポリスは六層の複合建造物ですが、この写真には三層目から上が写っています。

2000年1月に発見された神殿は中央階段左側で、保護の為の大きな屋根が取り付けられています。 ここは昔の写真を見ると単に瓦礫の 山でしたが…。

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 (Juego de Pelota)

それではアクロポリスに行ってみましょう。 球戯場を通って正面がアクロポリスです。

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 (Juego de Pelota)

球戯場を反対から見たところ。 付属の建造物も装飾の一部が残り、遺物が多く発見されてますが、先を急ぎます。

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 (Escalera central de Acrópolis)

アクロポリスの前まで来て中央階段を見上げました。 階段の左上の覆いの中が問題の神殿ですが、下のふたつの覆いの中にも 下の写真のような漆喰彫刻と神聖文字が見つかっています。

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 (Pequeño templo a ambos lados de Escalera Central)

ふたつの覆いの中は一対の神殿の入口部分で、これは右側です。 神殿入口周りに一部漆喰装飾が残ります。

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 (Decoración en estuco con escritura jeroglífica)

入口前の階段上には同じく漆喰で出来た蛇が口を開け、先がふたつに裂けた舌からは神聖文字が現れます。 これは階段 左側のもの。

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 (Detalle de escritura jeroglífica)

これがその神聖文字の部分です。 中央階段右側もほぼ同じ造りで漆喰彫刻と神聖文字も同じように残されています。  神聖文字には、アクロポリスの階段を完成させた初代王 ウキット カン レック トック の名が刻まれているそうです。

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 (Decoración estucada en el pequeño templo)

神殿入口の装飾のクローズアップですが、当時の彩色がかすかに残っています。

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 (Restauración en proceso)

これは一対の神殿の左側、2002年には修復作業が続いていました。 左側の女性、赤銅色に焼けていますが、若くて美人でした。 生活にゆとりのある 白人系、いや偏見はいけません。

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 (Fachada de Acrópolis bajo el techo de protección)
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四層目で発見された3つの神殿風の部屋を保護する覆いの部分を下から撮りました。 上に登ると写真を撮る場所が限られて 部分写真になってしまう為、全体像はこの写真で確認します。

覆いの下で少し暗いですが、部屋が3つあり中央が 35 sub でウキット カン レック トック王の霊廟となった所、左右に 42 sub、43 sub があります。

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  (Friso de escultura estucada del cuarto 42 sub, al lado derecha del cuarto 35 sub)

それでは覆いの下をご紹介しましょう。  これは中央階段寄りの 42 sub の上部。  見事な漆喰装飾で、彩色こそ消えていますが漆喰は建築当時そのもの、その精巧さには驚かされます。  主に幾何学模様で構成されますが、中央はチャーク像でしょうか、左右に小さめの四角い耳飾りがあります。

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 (Friso de escultura estucada del cuarto 35 sub y cuarto 42 sub)
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そしてこれが中央にある 35 sub の上部です。 死界に誘う地の怪物が口を空けたモチーフはカンペチェ州でよく見られますが、 その精巧さと上部に取り付けられた7つの人物像は他に全く例を見ない、エク・バラム独特のものと言えます。

この 35 sub からは初代王の墓所が 7000点を越す副葬品と共に発見されました。  副葬品には 神聖文字の刻まれた骨製の王杓や金製の 蛙のブローチ が含まれ、神聖文字の解読から墓所が ウキット カン レック トック王のものと特定された次第です。

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 (Parte inferior del cuarto 35 sub y cuarto 42 sub)

35 sub の下の方です。 前にも書きましたが、写真を撮る場所が限られ、かなりの広角でないと1枚の写真に収まりません。

入口の真ん前に鍾乳石の石筍のような土砂の塊がありますが、これは入口上部の張り出しを支える為に土砂を残してあった ようです。 最近の写真を見るとこの土砂は取り除かれ綺麗に修復されています。

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 (Imagen completa del cuarto 35 sub)

と言う事で 2008年再訪時は石筍が取り除かれた 35 sub を広角で全体像を狙いましたが、支えの柱が邪魔し、おまけに 手前が明るく屋根の下が暗く、満足いく写真は撮れませんでした。 これが精一杯。


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 (Parte inferior del cuarto 35 sub)

上の写真に見える、35 sub 導入部右側に取り付けられた階段を近くで見たところ。 階段に一部赤い彩色が 残っています。 神殿基部には幾何学模様があり人面が繰り返し配されています。

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 (Grandes colmillos de las fauces del monstruo terrestre)

35 sub 入口の導入部。 牙が立ち並んでいる光景は如何にも死界の入口です。  牙の向こうに 左の神殿の入口も 見えます。

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 (Los cuarto 35 sub y 43 sub a la izquierda)

覆いの下の左端です。 写真中央上に首のなくなった人物像が見えますが、これは7体ある人物像の左から 2番目のもので、1番左の人物像は台座を残すのみです。

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 (El primer personaje y el segundo desde derecha)
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漆喰で作られた人物像を詳細に見てみましょう。 この写真は右端からの3体です。 右側の2体には背中に羽がついていて、 西洋風でもあります。

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 (El primer personaje desde derecha)

右端の人物像の正面。 手で印を結んでいる様子は仏教的でもありますが、頭飾り、帯、そして人面の刻まれたエプロンは やはりマヤですね。

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 (El segundo personaje)

2番目の人物像の正面。 頭を神殿の中央の方へ向け、手の位置は下目です。

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 (El tercer personaje)

右から3番目の人物像。 神殿の入口には庇が張り出していて、その上の枠の中に3体ありますが、これは枠の右隅になります。  肉付きがふくよかで、女性のように見えますが…

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 (El cuarto)

右から4番目、7体の中央の人物像は、枠の中の庇の上にあります。 頭が失われていますが、体の前に頭飾りのついた首を持って います、捕虜の首なんでしょうか? それとも自分の?
よく見るとこの像も天使の羽がついてました。

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 (El quinto)

これは枠の左側の人物像。 武人のように見えますが、顔の表面が崩れて表情は見えません。 これが右から5体目。

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 (El sexto)

そしてこれが右から6体目。 頭が失われていますが、右肩の上に羽の痕跡があるようです。 更に左の7対目は台座だけで 人物像は消失されています。

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 (Parte central de la fachada de 35 sub)

35 sub の壁面装飾の画像、最後に土砂が取り払われてすっきりした中央部です。 鴨居上部に上顎部が張り出し、 ここにも怪物の牙が並びます。

これだけの漆喰彫刻が1200年を超えて残った理由は、この神殿が注意深く埋められた事に因るようです。 人物像がどのように 彩色されていたか興味深いのですが…

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 (las columnas redondas en el cuarto nivel de Acrópolis)

漆喰彫刻はこの辺にして、五層目に登ってみます。 五層目には写真のように柱廊が残りますが、アクロポリスのみならず、エク・バラム 全体でも柱廊はここだけだそうです。 

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 (Fachada de escultura estucada en el cuarto nivel de Acrópolis)

五層目は四層目よりサイズ的には小さくなりますが、四隅に漆喰彫刻があるそうです。 多分これはその一部だと思うのですが…

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 (Fachada de segundo nivel de Acrópolis)

さて、アクロポリスの下に降りました。 アクロポリスには全部で 72 の部屋が確認されていますが、階段と通路が巧みに配されて いたそうです。

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 (Fachada de primer nivel de Acrópolis)

現存するアクロポリスの大きさですが、幅 162m、奥行き 68m、高さ 32m とユカタン半島北部のマヤ遺跡では最大級の建造物です。  6層目の神殿を加えると高さは 38m になったそうですが…  この写真は一層目の右翼を壁沿いに撮ったものです。

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 (Detalle de la Fachada de primer nivel)

一層目は中央階段の左右に5部屋づつ、計10室ありますが、外壁は全面に彫刻された石が嵌め込まれていたようで、この写真は その一部です。

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 (Techo abovedado de un cuarto de primer nivel)

部屋に入ってみると天井は写真のようなマヤアーチでした。

エク・バラムの建築様式は何様式と言ったら良いのでしょうか。 部分的にはペテン様式やプーク様式の影響があるようにも思いますが、 これだけの素晴らしい壁面装飾は他に例を見ません。 時代的にはウシュマルやチチェン・イッツァよりも古く、キンタナ ローの コバに近い遺跡です。
ペテン地域から遠く離れたユカタン北部で古典期に花開いたエク・バラム、取敢えずエク・バラム様式で しょうか。

それにしてもこんな重要な遺跡が最近になって再認識され、マヤの歴史も書き換えられる、面白いですね。


これでエク・バラム遺跡の説明を終わりますが、発掘・調査・研究は続いています。 2000年にかけて重要な発見が相次ぎ、 その為に発掘は一段落させ、発見されたものの修復・保存に時間をかけているようです。

アクロポリスの発掘はまだ半分程度で、更に建造物 2 (幅80m、奥行き55m、高さ20m)、建造物 3 (幅110m、 奥行き55m、高さ24m)は殆ど手付かず、今後発掘が進むと何が出てくるかわかりません。 今後とも目が離せません。 



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 (Entrada de Cenote X'canché)

最後に近くのセノーテの写真。 エク・バラムに関係あるセノーテと言うので再訪時に行って見ました。 エク・バラム の駐車場の北東角で入場料を徴収されます。 1.5Km と聞いて止めようかと思いましたが、三輪車で行けると言うので頼み ました、有料ですが。  セノーテ・シュカンチェです。

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 (Cenote X'canché)

写真の通り普通のセノーテで、観光客はここで泳いだりボートを漕いだりするようです。  土器等の奉納物は回収されていて、エク・バラムの祭事が行われ、水源となった事は想像に難くありません。  でも考古学的には見るべきものはなく、早々に引き上げます。

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 (Tricico y su chofer)

三輪車に空気を入れるおじさん。 1.5Km を 12分でとの事でしたが、がたがた道で乗り心地は極めて悪く、おまけに帰途は 雨でずぶ濡れ。 体は濡れてもカメラを濡らさないようと三輪車の上でカメラを抱え込むようにして一苦労でした。  行かない方が良かったです、結果論ですが。




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