XPUHIL2
マヤ遺跡探訪
XPUHIL III
カラクムルからの帰途、宿の近くの シュプィル遺跡 に寄りましたが、午後遅く太陽が西に傾いて東向きのピラミッドは写真にならず、でも遺跡で耳よりの情報を貰いました。 近くで遺跡の修復が進んでいる所があるので、興味があったら行ってみるといいよ、と。

場所はシュプイルの街の中で、直ぐ近くなので探してみると、金網の柵の中に石造建造物が見つかりました。

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  (Zona arqueologica por la calle Río Bec)

     (訪問日 2017年1月31日)

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街の北側を走る国道にシュプイルのモニュメントがあり、修復された遺跡はその直ぐ近くでリオ・ベック通りにシュナントゥン通りがぶつかった所です。

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シュプイルには 20近いグループがあり、遺跡の細かい地図を見ると 公開されているシュプイル遺跡 (Xpuhil I) の他に II、III、IV、V があって 地図で見比べるとXpuhil II に当たりそうですが、Xpuhil II には立派な屋根飾りが残された立派な建物がある筈で、修復された所にはこれがありません。 ではここは? シュプイルの最新版(2016年)ミニガイドに答えがありました。 修復中の建物がひとつグループ III として紹介されており、 Xpuhil I に隣接した貴族の居住区 Xpuhil III になるようです。

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 (Vista aérea por Google Earth)

Google Earth で確認してみると国道の北側にある Xpuhil I (画像左上の赤枠)に対して東の方向に 1Km も離れていない街の中(画像右の赤枠)で、 Xpuhil III と区分けされても Xpuhil I の居住区だったような感じです。



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 (Foto panorámica de nueva zona arqueológica)

遺跡南側の民家の軒下に侵入させて貰い覗き見しました。 民家から西方向と東方向を超広角で写真を2枚撮り無理矢理繋げたのがこの写真で、 リオ・ベック様式の住居が広がるようです。

写真を何枚か撮って民家の人にお礼して帰ろうとすると、「中に入りたい?」と。 心付けが効いたのか、 それともそれ程クレージーに見えたのか。 可能なら、とお願いすると金網を一部解いて中へ入れてくれました、中は国有地でしょうが。



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     画像    (Croquis y la zona en Dic. 2014)

遺跡は民家から見えるだけでなく奥まで広がっていました。 何も資料がないので簡単にスケッチを作ってみました。 右は Google Earth でみた空からの画像で、 日付は 2014年12月になり、この時点では建物 A 以外は緑の森に覆われていましたが…。

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        (Edificio C)

中に入れたのでまず建物 C を正面から。 ベッドが設えてあり、壁には壁龕もあり、屋根部分にはマヤアーチの痕跡もあります。 石造りの屋根まであったのですから貴族の住居だったと考えられそうです。

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        (Edificio D)

上の写真は南側から見た建物 D ですが、建物 D は奥の北側の広場にも面していて、前後左右に対称に計4部屋あり、やはりベッドが設けてあります。

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        (Edificio A)

これは北西方向から見た建物 A で、2014年には既に修復されていたので、やや古色を帯びてきています。 南北(左右端)に付けられた部屋にはベッドがありますが、 広場に面した正面には横長の階段が取り付けられ、部屋の内部にはベッドが無い事から、公共的な色彩を帯びた建物だったようにみえます。

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  (Monticulo B)

これはスケッチに B と印した、未修復の土塁です。 どんな建物が顔を現わすのか楽しみです。


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  (Lado oeste de Edificio D)

建物 D を東側面から見ると両側が広場に面していて、北側には民家からは見えなかった建物 E が見えてきました。

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  (Plaza norte y Edificio E)

北側の広場には建物 E に加えて更に少し奥に建物 F もあり、東側の未修復の土塁 B で閉じられます。

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        (Lado norte de Edificio D)

これは上の方で既に見た建物 D の北側で、ベッドを備えた大きな居室には壁龕とベッドの下に大きな収納スペースがあり、 遺跡の中で一番立派な居室に見えました。

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        (Edificio E)

こちらは東側から見た建物 E の正面と、南側面、そして正面中央部です。 建物 E と F が最も白く、 民家の人によると昨年作業が行われていたとの事なので、一番新しく修復された所になるのだと思います。

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        (Edificio F)

建物 E の北側には更に少し小振りの建物 F が続き、ベッドの下にはプーク様式にも見られる丸い小柱も見えます。 遺跡はこの辺りまでで 周囲は既に住宅が建てられているので、後は土塁 B の発掘修復を残すのみでしょうか。

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  (Edificio D, y Edificio A a la izquierda)

民家の方向へ戻ります。 中央は建物 D で、左側に建物 A の北側が見えています。

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  (Calle Río Bec y Cuarto norte de Edificio A)

右は建物 A 北端で、左の写真には建物 A の東に伸びるリオ・ベック通りが見えます。 初めはこの通りからだけ遺跡を見ていたのですが、 民家の人が中へ入れてくれたお蔭で修復されている遺跡全体を見る事が出来ました。



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  (Casa particular al sur de la zona arqueológica)

最後にこれが遺跡への侵入?を許してくれた民家です。 柱に括り付けた金網を開けてくれたのでした。


この発掘修復が進む遺跡について、公開されている訳でもなく、ウェブで調べてみても何も情報が見つからず、前述のミニガイドが唯一の手掛かりです。 ミニガイドでは建物 A だけでしたが、その後建物 C、D、E、F が発掘修復された訳ですが、土塁 B からはどんな建物が姿を現すのでしょう。 近い将来 Arqueologia Mexicana で紹介される事を期待しましょう。

遺跡自体は驚くような壁面装飾や屋根飾りがある訳ではなくやや面白味に欠けますが、こうして出来立ての遺跡を見られたのは幸運でした。




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