マヤ遺跡探訪
YAXUNA
以前から気になっていたヤシュナ遺跡に行ってきました。

100Km 東のコバと サクベ で繋がっていて古典期にユカタン北部の主要なマヤセンターでしたが、古典期終末期にはチチェンイッツァに 攻め滅ばされたようです。 そしてその後は廃墟に。

1940年代に調査はされましたが、本格的には1986-1990年に調査・マッピングが行われ、1991-1996年に部分的に発掘、修復が行われ ました。 その後はそのまま放置され、現在はまた緑に飲み込まれて廃墟と化しつつあります。

手付かずと言う訳ではないですが、それに近い自然の中にあり遺跡情緒タップリです。

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   (訪問日 2008年10月6日)
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 (Desviación hacia Yaxuná en la Carretera Federal 180)

高速道路を降りて南の Pisté 村で国道180号にぶつかり、チチェンイッツァはここを東へ左折ですが、右折して少し行くとヤシュナ村への 分岐点がありました。  整備された遺跡ではなく あまり的確な情報が無かったので、道が見つかり一安心。  ここから20Km、 Chendzonot 村、 Popola 村を過ぎると Z.A.YAXUNAH と遺跡表示がでてきます。

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 (El sendero que nos conduce a la ruina)

遺跡標示に従って舗装道路から遺跡への道に分け入るとこれが何とも心細い道、写真の通り 2本の轍があるだけです。  通りかかった子供達に聞くと、この先に遺跡があり車で入れる、と。 意を強くして先へ進みます。

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 (Estacionamiento Yaxuná !)

左手に石組みが見えてきて、まもなく少し開けたスペースが。  ここが駐車場になるようです。 細道はUターン出来ませんが、ここなら 何とかOK。 車を降りて遺跡探索開始です。 入場料を徴収する小屋も無く、管理人すら居ない遺跡で、物好きは何時でも自由にどうぞ、 です。

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 (Estructura piramidal)

まず細道から見えたピラミッド型の建造物。 三層位のピラミッド型の建造物で、修復は為されたようですが、その後は荒れるまま。

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 (Estructura piramidal redonda)

上の写真のピラミッドに登り東側を見ると、円形のピラミッド型建造物があります。 明らかに修復した跡がありますが、こちらも 草木の進入を為すがままに許している感じです。

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 (Acrópolis Central ?)

西側に目を転じると木々がこんもりと生い茂った小山があります。 木々に覆われた大型建造物のようですが、91年からの発掘の手が 及ばなかったように見えます。

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帰国後インターネットでヤシュナについて調べていて、実際 86年から調査、発掘、修復にあたったプロジェクトのページを見つけました。 http://maya.csuhayward.edu/yaxuna/YaxFrames.html 大変興味深いページですが、かなりの写真が表示されず、メンテされて 居ないようです。
地図を使わせて貰えないものか問い合わせをしましたが、今の所返事がありません。 別の地図を見つけるまでチョット お借りします。 現在位置は地図の青丸で囲った所、こんもり生い茂った小山は中央アクロポリス(Central Acrópolis)のようです。

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 (Se observa unas mampostería al norte)

遺跡訪問時、かなりの規模の遺跡である事は理解していました。 しかし地図を持っていなかったので何処へ行ったらよいのか わからず、とにかく周りを見回してみました。 北の方に辛うじて石組みが認められます。 球戯場のように見えました。

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 (Juego de Pelota)

獣道のような人の通った痕跡を辿っていくと、果たして 球戯場 でした。 ヤシュナは古典期前期から栄え、大半の建造物はこの時期、 つまり 250-600AD に造られたとする資料がありましたが、この球戯場はコバの球戯場と比べると石組みの質が下がり、やはりかなり古そう でした。

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 (Alrededor de Juego de Pelota)

さてここから何処へ行ったものか、周りを見渡すとあちこちに石組みが顔をだしますが、だんだん草も深くなってきます。

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 (Parte de mampostería de Acrópolis Norte)

北の方に歩を進めると少し質の高い石組みの壁が見えてきました。 北のアクロポリスの基盤の一部のようです。

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 (Estructura 6F-3, Acrópolis Norte)
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そして北側正面に大きな建造物の正面階段が見えてきました。 北のアクロポリスの正面神殿 6F-3 ですが、かなり 緑の侵食が顕著です。 あと5年も放って置くと緑で覆われてしまうでしょうか。

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 (Estructura 6F-4, Acrópolis Norte)

北のアクロポリス正面神殿の手前右(東側)にもうひとつ建造物が露出しています。 建造物 6F-4 です。 こちらも 生い茂る草木で危うい状態ですが、壁面装飾の彫刻が目に入ってきました。

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 (Detalle de escultura labrada en 6F-4)

近づいてみると何と立派な彫刻が施された部分があります。 正面入口右側の側壁下部です。

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 (Detalle de escultura labrada en 6F-4)

手前の雑草を少し整理して近くから撮ってみました。 ユカタン州観光局のページで、彫刻のカバー遺跡との類似性が 指摘されています。

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 (Esculturas en Kabah, Codz Poop y Palacio)

カバーの彫刻と比較してみました。 算盤の珠のような円柱は確かにそっくりで、花の紋章のようなものも何となく似ています。  プーク様式ですから、この部分は古典期前期ではなく古典期終末期に追加されたことになります。

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 (Lado sur de Estructura 6F-4)

建物の右側(南側面)に回ってみると かなり草ぼうぼうですが彫刻が更に続いています。

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 (Detalle de escultura, lado sur de 6F-4)
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そしてこんな彫刻が! 花の紋章の間に目をつぶって寝ている神様でしょうか?

前述のヤシュナ発掘プロジェクトのページによると、ヤシュナを攻め滅ぼしたチチェンイッツァが建造物 6F-4 の南側を戦争司令部として 造り直した、との仮説がありました。 つまりこの彫刻はヤシュナによるものではなくチチェンイッツァの勢力によるものである、と。  仮説ですが、考古学的な土器の検証、奉納物の破壊された様子、火災の跡等を総合した上での根拠ある推論です。


プロジェクトのページには、カーン・イル王(仮名?)を中心にヤシュナ陥落の模様を描いた物語が載っていました。 実名の マヤセンターが沢山出てきて面白いので、つい終りまで読んでしまいました。

―― コバとサクベを繋いだヤシュナに対して、チチェンイッツァ は干渉にでます。 チチェンイツァは、シビルチャルトゥン、ティホ(現在のメリダ)、イサマル、アケの勢力を従えて、ヤシュナに攻め入り 、対するヤシュナは同盟関係にあるコバの支援部隊に加え、ウシュマル、カバー、サィールの援軍を得て防戦に努めます。 さながらユカタン版 関が原の合戦です。 ヤシュナは落城し カーン・イル王は軍旗をたたんでコバーへ脱出を計り、第三章はコバの陥落 というタイトル だけで、物語は未完に終わっています。

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                    (チチェンイツァをはじめ、シビルチャルトゥン、イサマル、アケ そしてウシュマル、
                        カバー、サィールはそれぞれ別ページで紹介してあります。)


物語の内容についての真偽の程はともかく、ヤシュナはチチェンイツァに滅ぼされ破壊された街で、そう考えるとまた荒れ果てた遺跡も感慨深いものになります。


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 (Juego de Pelota, vista desde norte)

更に探索を続けたかったのですが、ここで同行してくれた友人が「雨が降ってきた。」 着いた時は青空も顔を覗かせていたのに、空はどんより した雲で覆われています。 前日はバケツならぬドラム缶をひっくり返したような凄まじい雨にあっているので、後ろ髪を引かれる思いで 戻ることにしました。 前髪は減りましたが後ろ髪はまだ沢山あります。 (^-^)

写真は戻る途中、球戯場を北側から撮ったものです。

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 (Estructura piramidal redonda)

雨はまだポツポツ。 駐車場に近いところからもう一度円形の建造物を撮りました。


一面緑に覆われていて、訪問時には何処が何処やら見当もつきませんでしたが、遺跡を調査した地図によれば、西のアクロポリスや 南のグループもあり、全部で 650の建造物が確認されているとの事。 見学できたのはほんの一部ですが、マチェテで潅木を切り開いて 行かないと他の場所へは行けなかったでしょうか。 発掘が再開されて新しい事実が掘り起こされるのを楽しみに待ちましょう。 


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 (Vista aerea por Google earth)

Google earth でヤシュナ遺跡の現状が確認できました。 画像は 2010年5月の日付があります。 中央右に円形の建造物が見え、上の方には 北のグループがあります。 雨期の直前だからか、随分と緑がまばらに見えます。 灌木を切り開いて遺跡の整備が進んでいるのでしょうか?  


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