マヤ遺跡探訪
HORMIGUERO
オルミゲロは古典期後期のリオ・ベック様式遺跡で、発掘修復は一部に留まりますが、最も美しいリオ・ベック様式宮殿のひとつを 見る事が出来ます。

シュプイル遺跡のあるシュプイルの町から州道 269号を南へ 15Km 下り、右折して更に 8Km 先になります。 州道横の集落を過ぎると その先は殆どオルミゲロへ行く専用道路で 道は荒れています。 リオ・ベックの中心センター ベカンからは直線で南へ 10Km ちょっと ですから、チカナやシュプイルと共にベカンの勢力範囲にあったのかもしれません。

初回の 2002年から数えて今回4回目 4年振りの訪問ですが、建物 VII が新たに修復されていました。 少しづつですが修復に着手されているようです。

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  (訪問日 2002年1月5日、2006年11月20日、2013年1月15日、2017年1月30日)
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     (Anuncio para llegar al Sitio de Hormiguero)
  
州道から一般道に入る所に遺跡の看板があります。 INAH による看板で、遺跡まで 8km の表示があります。 上の写真は 2006年、下が 2017年で、 植物の成長の早さに驚かされます。

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     (Ruta hacia Hormiguero en Google Earth)

GOOGLE EARTH で遺跡への道を見てみます。 赤丸で囲った所が遺跡で、東側の州道の数字 "269" の下から西へ延びている道が遺跡へ通じて います。 北へ鋭角的に折れた先は道が消えていますが、緑に覆われて見えないだけで道はあり、遺跡まで車で行けますが…。

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     (Ultima terracería al llegar al sitio de Hormiguero)

左の画像は上の地図で道が消えた所、右はその先の未舗装のガタガタ道でロデオドライブです。 大型観光バスは無理でしょうね。 画像は車台カメラからの切り出しで不鮮明です。

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     (Street View dentro del sitio)

上の赤丸部分を拡大しました。 右下の四角いところが駐車場で、そこから青い線が伸びていてストリート・ビューが導入されていましたが、これは以前の話。 現在は遺跡内のストリート・ビューは削除されてしまったようです。 駐車場の北が入り口事務所、そこから西へ歩いて遺跡です。

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     (Caseta de Servicios de Hormiguero)

さてここから遺跡です。 石畳の先が遺跡事務所で、ここでは記帳だけ、前回同様入場無料でした。

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     (Nueva versión de Mini Guía)

話が少しだけ飛びますが、メキシコで遺跡毎に発行されている ミニ・ガイド の体裁が変ってきました。 これまでは見開き 8ページだったものが、 新しい版は 折り畳み 16ページなり、写真が増えましたが、説明文は減ったような感じです。 参考までに これが オルミゲロの 表面裏面 で、値段は 10ペソです。

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新しいミニガイドにあった地図を加工しました。(ローマ数字は建物番号です。)
オルミゲロ全体は4つのグループに分けられ、建物が84、広場が4つあるそうです。 地図上で建物 I、II が南のグループ、III と IV が東のグループ、 V と VI が中央グループで、VII と VIII が北のグループになりますが、殆どの建造物は未発掘で、建物 II と V が 2002年には修復されていて、 今回新たに建物 VII が修復されていました。


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     (Hacia Estructura II)

遺跡の入り口から西へ木立の中の小道を歩いていくと建物 II が見えてきます。 INAH の係員(委嘱?)が常駐しているので、道や修復された建造物の 周りは綺麗に手入れされています。

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     (Estructura II)

近づいていくとリオ・ベックに特徴的なモールディングが施された塔が確認できます。 オルミゲロの発見は 1933年のカーネギー隊によりますが、 その後長い間修復は行われず、現在見る姿に修復されたのは 1979年になるようです。 発見当時の興味深い写真が こちらのサイト で紹介されています。

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     (Estructura II)
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建物 II は南のグループの北側を閉じる場所に設けられ、南が正面になり広場Bに面しています。 幅 50m、奥行きが 8m の建物で、高さを 書いた資料がみつかりませんでしたが、復元図で 50m の幅から計算すると、塔の上部神殿の屋根までで 20m を超えそうです。 建物 II の 写真はこの斜め右からのアングルがポピュラーで、建物も一番美しく見えるようです。

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     (Vista frontal)

広場の向かい側は林が迫っているので、17mm 広角で撮っても建物正面はこの写真が精一杯で、 リオ・ベック様式 特有の一対の見せかけの塔と中央の大地の怪物の口を模した戸口は収まりますが、 塔の外側にある左右の居室ははみ出てしまいます。

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 (Vista frontal en gran angular de 16mm)

2017年には 16mm 超広角レンズ持参で建物全体が入るように出来るだけ下がって撮ってみました。 2本の塔の外側にある居室部分を含めて、 建物の大きさを実感出来ます。 左右の居室部分は半ば失われていますが、その分は下の模写で。

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 (Dibujo de reconstrucción de la fachada frontal)

建物 II はリオ・ベック様式宮殿としては最も保存状態の良いもののひとつですが、建築以来 1200年以上経過し、塔の上の神殿は左右共に殆ど 喪失され、左右の居室も屋根から外側が無くなっています。 当時の姿を理解するには復元図を参照するのが有効で、 Arqueologia #18 p.19 から スキャンしました。

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     (Monstruo de la Tierra de Fachada central)
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中央の戸口のクローズアップです。 近くで見ると切り石に漆喰を塗った後に刻まれた模様も確認出来て興味深いですが、当時は これに彩色が施されていた訳で、その威容はどんなだったでしょう。 大地の怪物が開けた逆T字型の口には歯が並んでいて、その戸口の中 は冥界です。 大地の怪物については別ページ で解説してあります。

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             (Estatua central)

大地の怪物の上の壁面最上部に足組みした神か貴族の像が嵌め込まれています。 顔に大きな仮面をつけマントを纏っていて、コウモリの神と言う 説もあるようです。 コウモリだと冥界への案内役でしょうか。

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     (Torre Oeste y Torre Este)

これは西の塔と東の塔です。 東の塔の方が状態が良く、モールディングは西側がほぼ8層全部残っています。 塔は宮殿を飾り立てるだけのもので 内部に空間は無く、正面には見せかけだけの階段がありましたが、階段の石材は殆ど崩れ去ってボロボロです。

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     (Resto de Templo superior de Torre Oeste)

チェネス様式とは異なり、塔の上の神殿はリオ・ベック様式では飾りだけで居室などの空間が無いのが普通ですが、ここは例外的に部屋が作られていた ようで、四隅に柱が残されます。 これは西側の塔ですが、東の塔にも柱の跡が残ります。 復元図によっては屋根飾りを付けたものもありますが、 屋根自体が既に無くなっているので屋根飾りがあったかどうかは不明でしょう。

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     (Ala Oeste)

これは西の塔の西側で残っている部分です。 建物 II は左右対称で、東の塔の東側もおよそ同じような状態です。 下に半分埋もれた居室跡があり、 戸口とその左右のモザイクパネルもみえますが、これは 800年頃に現在の建物 II が作られる以前の 600年前後の地下建造物が露出しているものです。

地下建造物の上に見えるのが 西の塔の西側にある居室部分で、屋根と西側が失われていますが、東側の戸口の丸い脇柱とモザイクパネルが残され, 戸口の奥には居室が2つありました。

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    (Panel de Mozaico)            (Pasillo debajo de Escalera del Torre Este)

左の写真は戸口横に嵌め込まれたモザイクパネルで、東側のものが一番保存状態が良いようです。 横向きのヘビの彫刻が一般的ですが、 ここはネコ科の動物 (ジャガー?) が正面で口を開けていると言う説明もありました。 要確認です。

復元図では戸口の上の壁面上部全体に大地の怪物のモザイク彫刻が再現されていますが、実際は東西共に大半が失われています。

右の写真は東の塔の基部を横から見たところで、見せかけの階段の下に通路が設けられていました。 西の通路の基部も同じ造りですが、通路の屋根は 崩れています。 こうした階段下の通路はプーク様式でよく見られますが、ここはリオ・ベック様式なので階段は飾りで登れません。

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     (Costado oeste)

これは建物 II の西側側面で、基壇下部に急傾斜のスロープがありますが、飾りだけでしょうか? 基壇上部の居室は前後に2列確認出来ます。

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     (El Interior de Portada Central)

正面に戻って大きな大地の怪物のモザイク彫刻の中に入りました。 天井が崩れて空が見えますが、前後に横長の部屋がふたつあり、 奥は一段髙くなっています。 居住用と言うより儀礼に用いられた印象です。

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     (Costado Este)

東側面にまわってみました。 基壇下部の急傾斜のスロープがなく、西側面とは少し造りが異なります。 基壇側面には赤い彩色がかなり残っているように見えますが、建物全体が赤で彩色されていたのでしょうか?  居室は西側同様 前後に2部屋で、奥の居室は肉厚の背面の壁がそっくり残されます。

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     (Lado trasera)

これは北側の建物背面で、正面とは異なりシンプルな造りです。 建物正面には中央と左右にそれぞれ前後に2部屋づつ合計6部屋あり ましたが、背面にも入り口があり、居室が設けられています。

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     (Lado trasera)

入口は塔の裏側に2つあり、前面からは独立した部屋が背面に2つあったようです。 2つの戸口の間には8本の円柱の跡が残り、草葺の屋根が あったものと考えられます。 円柱の下には地面から急傾斜のスロープがつけられていますが、登れる角度ではありません。

オルミゲロは4回の訪問で ここまで建物 II の細部を確認出来ましたが、まだまだ謎が残ります。 背面の部屋にはどうやって行き着くのか?  左右の塔の上部神殿は見せかけでないとすると神殿までどうやって登るのか? また確かめに行きたくなります。



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     (Hacia Estructura V)

建物 II の裏から北へ進んでいくと もうひとつの修復されている建物 V の背面が見えてきます。 左の高い建物が建物 V で、右に 低層の建造物が続きますが、こちらは建物 V のアネックス、つまり付属建造物という事になります。

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     (Estructura V y su Anexo Este)

建物 V が西側で、東の方へ付属建造物が伸びていて、これは付属建造物の南東角から奥の建物 V を見たところです。 2006年に来た時は 付属建造物の中は瓦礫が残り木々で覆われていたのですが…、

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     (Foto de Anexo Este en 2006 y 2013)

左は 2006年の写真ですが、その後瓦礫を取り除いて右の写真のように整備されていました。 シンプルな造りで、取り立てて特徴のある 建物ではありませんが、内部にはベンチがあり居住に供されたようです。 木々が取り除かれたので建物 V の見通しが良くなりました。

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     (Lado noreste de Estructura V)

これが北東側から見た建物 V の側面です。 高さ 7m のピラミッド基壇の上に神殿がのった造りで、基壇の一段目は角が丸いリオ・ベック 様式で、その正面階段下には通路が設けられていました。

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     (Lado frontal)

角の丸い一段目の基壇の上には角が鋭角的な基壇が三段積み重ねられ、その上に上部神殿があります。 四段の基壇の正面に階段があり、 上部神殿につながっていましたが、現在は階段は崩れています。

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     (Templo superior con Monstruo de la Tierra)

そして注目はこの上部神殿で、小振りながら全面モザイク彫刻で大地の怪物が表現され、角は七連のチャーク像で飾られています。 内部に部屋が ある上部神殿はチェネス様式の タバスケーニョ の神殿に酷似しますが、ここでは リオ・ベック様式らしく左右に装飾の塔を伴います。

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     (Templo superior y Torre Oeste)

残念ながら東の塔 (向かって左側) は殆どなくなっていますが、西の塔は外壁は崩れているものの塔そのものは残っています。

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     (Lado suroeste)

南西側から見ると基壇の上にモールディングが六層認められ、小さいながらもリオ・ベック様式の塔だった事がわかります。 正面も同様の モールディングで飾られていたのでしょうか。



建物 II と V は 地表に露出してものを修復しており、これ等を凌ぐような建物がまだ埋もれているとも思えませんが、 モザイク彫刻が地表に顔を出している所もあり、まだまだ発掘の余地があります。

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     (Escultura en mozaico medio excavada en 2006)

これは 2006年に撮った写真で、建物 V の北東側に大地の怪物の一部と思われる彫刻が顔を覗かせていました。 多分建物 VI にあたるものと思います。

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     (Foto en 2017)

2017年に撮った写真では上のモザイク彫刻が埋め戻されていますが、大きな土塁は建物 V の北西側に隣接する建物 VI 辺りで、 近い将来に発掘・修復されるものと思います。

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     (Torre expuesto de Estructura VI ?)

土塁の上を西の方へ回り込んでみると下がった地表面から建てられた大きな建物の側面が見えました。

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            (Torre expuesto de Estructgura VI ?)

土塁の端まで行って確認すると幾層にもモールディングが施されたリオ・ベック様式の塔です。 下層は最近掘り出されたものの様にも見えます。 下に降りて確認したかったのですが土塁の急斜面は降りられず、東側に戻って回り込んでみます。

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     (Montículo de Estructura VI ?)

塔のあった建物を北側から見ると土塁の上に崩れた建物がありますが、これ以上回り込めませんでした。 また来る機会があれば発掘修復が進んで往時の威容を取り戻した姿を見れたらと思います。


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     (Hacia Eestructura VII)

建物 V、VI の中央グループで終わりだと思ったのですが、北の方に道が伸びていて 2013年には無かった建物がひとつ修復されていました。 北のグループの建物 VII で、修復直後らしくまだ真っ白です。

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 (Estructura VII)

建物は北向きで西側から正面に出ました。 写真左は南西角、右は北西側から見た所です。

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 (Parte frontal)

これが建物 VII の北を向いた正面です。 丸くなった基壇角以外は、上部建物基部に丸い小柱が3本づつあるだけで、壁面装飾のないシンプルな リオ・ベック様式の建物です。

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     (El interior)

内部は写真の通り前後に2部屋分あり、奥が高くなっていますが、どういう目的を持った建物だったのでしょうか。 床面や壁の一部には塗られていた漆喰が残されます。

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     (Zona norte de Estructura VII)

建物 VII の北側も整理されていて石材が並べられていますが、修復準備中かもしれません。 取敢えず現時点ではここまでのようです。


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     (Gran montículo para futuro exploración)

建物 V から建物 II を通って帰途に就きます。 これは建物 VI が埋まっていると思われる土塁です。 リオ・ベック様式の見せかけの塔やモザイク彫刻が 一部露出しているので、この発掘修復が一番期待が持てます。 何時になるのでしょう?



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