マヤ遺跡探訪
LAMANAI
念願のベリーズ・マヤ遺跡訪問、初日はラマナイ遺跡です。 遺跡はオレンジ・ウォークからニューリバーを50Km程南へ遡った川沿い にある為、オレンジ・ウォークに宿泊し、昼食付き US$40 のツアーに参加しました。

ベリーズはマヤ発祥の地の南部低地に属し、紀元前の 先古典期 からの遺跡が多く、ラマナイも紀元前1500年には人々の定住が始まったとあります。 マヤ文明の始めは何時になるのでしょう?  先古典期後期(300-50BC)に当たる紀元前100年頃には既にラマナイでもマヤの大規模建造物の建築が始まっています。 古典期前期(250-600AD) の大きな仮面の彫刻も残されており、一度自分の目で見たいと思っていました。

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     (訪問日 2009年11月29日)
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 (Embarquedero detrás del Hotel St. Christopher's)

セント・クリストファーズ・ホテルはオレンジ・ウォーク市内北部にあり、その裏庭はニューリバーに面していて、ここからラマナイ・ツアーが 出発します。 写真はその船着場。 朝9時の出発で船の前部にツアー客8人が乗り満席でした。

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 (Viaje por el Rio New River)

ラマナイ遺跡へは複雑に分岐するニューリバーをバードウォッチングを楽しみながら2時間半の船旅。 いろいろな水鳥に加えて、 ワニがいたり、クモザルが出たり、その度に船を停めるので、ノンストップで直行すれば1時間半で行きそうです。 

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 (Embarquedero de sitio de Lamanai)

ニューリバーはだんだん川幅が広くなりラマナイ湖となって ラマナイの船着場に到着です。 遺跡に近づくと緑の上に ピラミッドが見え隠れしますが、この船着場の緑の奥にはラマナイ遺跡が。

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 (Letrero de Lamanai = Cocodrilo sumergido)

遺跡の看板には ラマナイ(マヤ語で水に潜むワニ)とあり、ラマナイは昔からのマヤの名前が残された珍しい例です。

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 (Figurilla de hombre/cocodrillo)

ラマナイでは場所柄ワニが神聖視されたようで、ワニから人面が頭を出すラマナイの土偶がベリーズ博物館に展示されていました。  ラマナイの名前の由来を示す土偶と言えます。

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 (Area de Visitors Center con las tienditas)

船着場近くには土産物屋が3軒と、ピクニックサイトがあり、ここで腹ごしらえをして遺跡探索に出発です。

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 (Entrada del Museo del Sitio)

まず遺跡併設の博物館。 一級の資料はベリーズ・シティーの博物館等に移されていますが、石碑、祭壇等の石造物を始め、先古典期 から後古典期に亘る土器類の展示と、パネルによるマヤ文明の説明があります。

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 (Vasijas de período preclásico))

併設博物館の展示から先古典期の壷。 展示品は数多くありますが、長くなるので割愛します。

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遺跡探索に先立って地図の確認。 遺跡の案内図から中心部を切り出して拡大しました。
現在地は船着場(Landing Dock)横のビジターセンター、ここから仮面の神殿を目指して北へ1キロ弱、 緑に囲まれた小道を進んでいきます。

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 (Estructura N9-56, Templo de los Mascarones)

自然を楽しみながら 20分程で仮面の神殿 N9-56 に到着。 写真手前の基壇上に簡易の屋根が取り付けられた工事中?の仮面の神殿が ありました。

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 (Parte de Mascarón antiguo)

下の基壇にある階段の左右にもかなり崩れた仮面の跡がありましたが、これは有名な仮面とは違います。 この神殿 自体、時代と共に度重なる増改築が続けられているのでどの時代の仮面か不明ですが、有名な仮面より古い時代のもの でしょうか。

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 (Estructura N9-56, Templo de los Mascarones)

基壇を登ると N9-56 仮面の神殿が 中央に幅広い階段を持つ3層のピラミッドになっている事がわかります。 覆いの下に仮面があるので すが、まずこのピラミッドの時代と共に辿った変遷を先に見てみます。 ガイドさんの持っているガイドブックを写真に撮らせて 貰いました。

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   (Dibujos de diferentes épocas)

2枚目の青く塗られたピラミッドが現在目にするものなります(何故この時代だけ青いのかわかりませんが)。 通常マヤの建造物は 古い建造物の上に新しい建造物を積み重ねる形で増改築が加えられ、3枚目の写真を見ると 現在目にする建造物は新しい建造物で すっぽり覆われて4層目も追加されています。

通常は発掘を行う場合、上の建造物を壊さないよう配慮しますが、この N9-56 の場合は上の建造物を取り除いて古典期前期の仮面の 神殿を露出させてしまったそうで、現在では取り得無い手法だったと聞きました。 お陰で古典期前期の装飾付きの建造物を現在目に する事が出来る訳ですが。

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 (Mascarón del Templo de los Mascarones)

さて これが有名なラマナイの仮面です。 ワニの頭飾りを含めて高さ4m近い大きなものですが、修復工事中で写真の様に木枠が組まれており、 スッキリした写真が撮れず残念でした。

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 (Mascarón del Templo de los Mascarones)
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建造物を飾る仮面は、小さな石を集めておよその形を作りその上を漆喰で仕上げるものが多いのですが、この仮面は大きな石灰岩からの切り出しで 作られています。 また風貌は幅広い鼻とまくれ上がった唇から、オルメカの影響を受けていると指摘されます。 オルメカの時代はもう 終わっているのですが、何故でしょう?

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 (Preparación de Replica de Mascarón)

この写真、実は仮面の直ぐ傍で、仮面の複製を製作中でした(日曜で作業はしてませんでしたが)。 現在目にする仮面を維持保存するのが 難しいので、複製に置き換える作業中だとか。 木の枠組みが入った写真しか撮れませんでしたが、もう少しすると複製に置き換わってしまい 現物が見られなくなるところでした。

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 (Mascarón del lado izquierdo)

幸運だったのは、階段左側の仮面を、一部分だけですが目にする事が出来たことです。 保存の為に 埋め戻されていたものを複製作成の為に再発掘中で、久し振りに陽の目を見たところでした。

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 (Templo de los Mascarones)

赤い帽子を被った学生さん?が計測している石壁は多分 後の時代に付け加えられた部分でしょう。 その先の赤いテープが弛んだ奥が再発掘中 の仮面でした。

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 (Estructura N10-43)

仮面の神殿の説明が長くなりました。 仮面の神殿から南西へ向かい、建造物 N10-43 に行きます。 写真は建造物 N10-43 の下の部分で、 建物を飾った仮面の装飾が残されています。 

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 (Mascarón de Estructura N10-43)

これは一層目にある一対の仮面の右の方です。 左右に丸い耳飾りが見えますが、古典期になると耳飾りは四角味を帯びてくるので、 これは先古典期のものとの説明でした。

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 (Estructura N10-43)
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広角レンズでも納まりきれませんでしたが、これが建造物 N10-43 のほぼ全貌です。高さは33mあり、ラマナイで最も高い建造物 であると同時に、マヤ先古典期の建造物としても最も大きなもののひとつです。

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 (Dibujos de diferentes épocas)

想像復元図と比べてみましょう。 発掘の後、先古典期の状態で修復保存されている事がわかります。 先古典期の建造物がこれだけの 形で残されているのは初めて見たような気がします。

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 (Estructura N10-43)

33mに挑戦。 かなりの急階段でツアー客8人中4人はご辞退でした。 2層目を登った所に居室跡がありますが、これは復元図を 見ると古典期後期に増築された部分のようです。

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 (Estructura N10-43)

残った仮面を幾つか見ながら更に上を目指します。 不完全ながら三層目から五層目にかけて3対の仮面が残り、六・七層目の仮面は失われて いるようです。

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 (Subiendo al Pirámide)

七層目を上りきると踊り場がありますが、それにしてもかなりの急勾配で、真ん中に這わしてある黄色いロープの助けが頼り、文字通り 命綱です。

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 (Parte superior de N10-43)

八層目の基壇の左右には仮面の跡が残るようです。 更に頂上目指して…。

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 (Paisaje panoramica desde cúspide de N10-43)

一番上まで登るとやはり素晴らしい眺めです。 写真は北東方向、右隅にラマナイ湖が少し見え、左側のこんもりした部分は仮面の神殿 の更に北にある遺構 P9-25 になるようです。

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 (Juego de Pelota)

建造物 N10-43 を降りて茂みを通り抜けていくと直ぐに球戯場があります。 それほど大きくない球戯場ですが、何時の時代に造られた ものでしょうか。 先古典期のピラミッドの前に築かれた球戯場で、球戯の起源を知る上でも興味の有るところですが。

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 (Juego de Pelota)

的となる環は見当たらず 球戯面は狭いですが、中央に大きなマーカーが残されます。 マーカーの下からは奉納物を納めた容器が発見され、 蓋付きの壷等の奉納物が容器の中に水銀で閉じ込められていたそうです。

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 (Estructura N10-27)

球戯場のある広場を東に抜けると 石碑9を持つ建造物 N10-27 があります。 石碑は真ん中で折れて下に転がっていたようですが、 砕けた下部を補強してその上に複製が置かれています。

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 (Estela 9)

石碑上部は表面を下にして土中に埋まっていた為に保存状態が良く、ラマナイの歴史解明の手掛かりにもなりました。
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石碑9は 1983年に発見されたそうですが、こんなに細かく文字と図像が読み取れたのでしょうか。 608年に即位した煙貝王 (Lord Smoking Shell)が自らの即位を刻ませて 625年の吉日に石碑を献じたものされます。 写真は遺跡併設博物館の展示 パネルから。

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 (Zona residencial)

先に進みます。 石碑のある建造物 N10-27 から更に南へ行くと低層の石組みが見えてきます。

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 (Zona residencial, al fondo Estructula N10-9)

石組みの向こうにはラマナイのもうひとつの大きなピラミッド、建造物 N10-9 ジャガーの神殿も見えてきました。

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 (Plaza N10-3)

低層の石組みは 広場 N10-3 を取り囲む 貴族の居所乃至は執務を行った区域と考えられ、石造りのベッドも見られます。

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 (Plaza N10-3)

広場に面した建物は階段の形状などから、異なる時代に増改築が繰り返されたような感じで、あまり統一感が見られません。

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 (Estructula N10-9 Templo de las mascaras de jaguar)
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ジャガーの神殿 N10-9 は古典期前期末に建造が始まり、古典期後期に現在見られる形に仕上げられたそうですが、その後も小規模な 改築が加えられて、後古典期まで引き続き使用されたようです。

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 (Máscara de Jaguar)

一層目の左右にあるジャガーの仮面、これは右側のジャガーです。 この部分は神殿の古い時代の建物装飾になるようです。

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 (Máscara de Jaguar)

こちらが左側のジャガー。 ジャガーと言われればジャガーですが、真ん中のふたつの穴が鼻になるのでしょうか。 耳飾り も付いています。

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 (Templo de las mascaras de jaguar)

ジャガーの神殿の左側側面。 神殿の高さはおよそ 19m だそうですが、見たところもう少し高く感じます。 登りませんでしたが、 縄が張ってあったのか記憶がありません。 ツアーだったので帰りをせかされたのかもしれません。 後から考えると登って みたかったと思うのですが…。

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 (Templo de las mascaras de jaguar)

ジャガーの神殿の左側を通って帰途につきます。 周りの緑の木々の中にはまだ沢山の建造物が埋もれています。

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 (Orquídea negra)

遺跡は緑のジャングルに囲まれていて、何処をどう歩いてきたのか判らなくなりますが、ジャガーの神殿 は スタート地点のビジターセンターの直ぐ横でした。

帰途、ベリーズの国花である黒い蘭(Black Orchid)が見られましたが、国鳥のトゥカンのお出ましはありませんでした。  もう少し一人でゆっくり歩いてみたいところですが、ツアーで船の出発時間が迫っています。

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 (Retorno a Orange Walk)

昼食時間を含めて遺跡滞在は3時間強、先古典期の建造物や古典期前期の仮面の彫刻など見所沢山で あっという間に時間が 過ぎた感じでした。 また船に乗って一路オレンジ・ウォークへ戻ります。


ラマナイ遺跡の存在は 1917年にはトマス・ガンにより記録されていますが、発掘調査は 1974年からと比較的最近の事です。  発掘が進めば更に新しい発見も期待できるかもしれません。

ベリーズ2日目は アルトゥン・ハ です。


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